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人づくりと野菜作りの似た点・共通点

 僕はかつて福祉事業所で野菜を作っていたのですが、今思い返すとあれは人づくりと似ている点があると思いました。そうした「人の成長」と「野菜の成長」とを共通点として書いた文章は少ないと思います。そこでここでは人の成長・自立について野菜作りで例えれば多少は理解しやすいのではないかと考え文章にしました。この文章を読んで一人でも多くの人が自立してほしいと思っています。 人を育てるのは野菜を育てるのと同様 ①誰が対象か見極めて(野菜の植える土地を選定して) ②気持ち伝えて(種植えて) ③言葉で相手を認めて(水と肥料あげて) ④育つのを楽しみに待つ(育つのを楽しみに待つ) ことが重要なのだと思うよ。 特に④の「楽しみに待つこと」は会得が難しい。 — 他人の幸せを買う資産家(豊島) (@KT_socialworker) October 9, 2019 野菜作りが人づくりと似ていると思ったきっかけ  かつて僕の所属していた福祉事業所では畑で野菜を作っていました。その時のことを何年かぶりにたまたま思い出して、人と野菜といずれも成長をするにあたっては似た点や共通点があるかもしれないと考えました。  「似たようなところ」とは、野菜作りも人の成長も基本的に「自分一人で影響を及ぼすことのできることは少ない」ところです。人も野菜も他者や日光などの外的要因が成長には必要だと思います。加えて人の成長や自立というものは目に見えません。ですからこのなんとも表現しきれない人の成長や自立といったものを、目に見える「野菜作り」に例えることでもしかしら人の成長や自立を理解することへの手助けができるかもしれないと考えています。そこでここでは試しに文章を書いてみました。  ちなみに私が考える野菜作りにおいて大事だと思われる点は四点あります。上のつぶやきでも示していますがその四点とは「土地」と「種」、「水分や栄養分」と「待つ時間や待てる心」です。詳しい内容を以下に記します。 あってもいいのは素質(土質、土壌環境)  そもそも人が成長したり自立したりする場合においては「素質」が大切と思われます。以前の記事でも記していますが、私の考える「いい素質」というものは「 誠実な人 」や「素直な人」です。そのような人が僕は好きです。  素直さや誠実さが備わっている人は土...

察してほしい文化からの成長方法

 言わなくてもわかってくれ、察しろ、などといった言葉や気持ちがあります。こうした言葉や気持ちが交わされる文化はわびさびを味わう意味では素晴らしい文化だったのかもしれません。しかしそれが相手との関係を悪いものにしているものになっているのだとしたら問題です。そこでここでは察してほしい文化や言わなくてもわかってくれという文化について異様であることを示すと同時に、それを打開するためにはどうするか考えます。 察する文化はわびさびの文化  かつての日本はものがありませんでした。だからこそ、限られたものの深みを理解して味わうことができました。それが「わびさびの文化」です。古きよき文化ではそれが大事とされてきました。  しかし現代でもこの文化が残っていて、そして悪い方向に行き過ぎてしまう状況ですと、例えば認知症の老人が「なんでわかってくれないんだ」と家族を攻撃したり、職場の上司が「知っててあたりまえだろう」などと部下に対して攻撃したりしてしまいます。  こうしたことの起こる場合、あらかじめそうすることで意味があるならばもちろん良いのだと思います。しかし多くの場合は自己満足のための無意味なものです。そしてそうした無意味なことに付き合っている人は疲弊してしまいます。そうだとしたら問題です。これは解決する必要があります。そこでここではそうした問題の解決方法を書きます。  (例えば上記家族の問題ならばお互いが理解できず不満が発生します。すると表面上では取り繕っているものの、頭の中では何を考えているのかわからなくなり、事務的な会話はなされたりしますが家族の中で暖まる会話がありません。すると時に裏に下がったら文句を言うことがあります。) 察する文化は変な文化と認識  日本人は他国と比べて農耕民族と呼ばれています。が、これもその察する文化を推し進めることになった原因のひとつだと思われます。  農耕民族はある場所にとどまり限られた物資をお互いに協力して察しあい、ひとつの土地に長くいることで利益を得てきたという文化があります。そうした長く同じ地にいる、そうすることによって田畑を耕し毎年定期的な出来高が期待できるなどとした場合には、そうした察する文化を推し進めることで相手との協調が出来、どんどん農作物を作ることが出来ます。そして子孫を繁栄させてきたのだと思っています。...