便利になったが思いやりを捨ててしまった。

ち位置しっかりと

科学は日に日に発展し、世の中がどんどん機械化されてゆきます。
すると便利にそれを使う人が居る一方、機械に使わされる人が出てきます。

そういった本来使う目的だったものによって使わされるとどうなるのでしょうか。

一つに他人への思いやりがなされなくなることがあると考えます。これは問題です。

そこでここでは使われることによって生じた問題を
回復・解決するためにどうするか考えます。


術者として望むこと

メーカーではお客さんが「より便利に」「より幸せ」になるようものづくりをします。

電気やモーターなどの文明のちからを使って新しい付加価値のある製品を作ります。
現状を分析し、どこをどのように改善したらよい結果がえらるか、
実験を通して確認し、そこから改良したりスケールアップしたりします。

我々は正規の使い方を想定しますが
それを無視したり、あるいはその新しいことを当然として考えられると
それ以前に当然としていたことがまったく伝わらなくなってしまいます。


帯電話の普及で失われたもの

その一つに携帯電話があります。
昔は家庭に一台しか電話は無く、恋人の家に電話するときなど
家族にどう取り次いでもらう必要がありました。
そこで恋人のご両親に対する敬語の使い方や
電話をかけてよい時間などある程度常識として暗黙のうちに決まっていました。
しかし現在は携帯電話が一人一台にほぼ普及しています。
するとどんなに夜遅くでも友達口調で平気で話し始めたりします。
ですからこれまで出来ていた敬語の使い方や電話をして良い時間など
相手への思いやりや配慮がされなくなってきてしまいました。

こういった思いやりや配慮がなされなることで
今日他人との多くの軋轢が生じてきていると考えられす。


生した問題に対しての対策

そこで一度原点回帰する視点を持つことが大事なんだと思います。
具体的には、目的即ち「なぜそうなっているのか」と考えることです。
そうすることで、他人への思いやりも獲得することが出来
使われる生活から使う生活に変わることが出来ると思います。

それを以下を読んで考えました。
 正高信男 考えないヒト 中央公論新書 2005.7 です。

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