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目的と目標を見出す方法

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 ソーシャルワーカーと言った支援者を含め、仕事の上司なども基本的には裏方の役目です。ですから主役になることなく相手をいかに支えるか、いかに目的を持ってもらうかといったことが重要になります。そこでここではそうした他者を支援する場合に必要とされる目的と目標を見出すための方法を書きました。 現状から見いだせる目的と目標  目的を持つには現状を適切に把握することが大事です。日本の言葉には石の上にも三年という言葉があるように、原状にどっぷり漬かって今を見つめ、これまでとの違いを認識することや、他人を理解することで自分を認識することができます。  例えば歴史から学ぶといった場合においても、過去は過去の出来事として認識し、現在からの過去の流れを否定することで、目的を設定し、また今と近い将来からの差で目標を見出せます。 目標を立てる場合にはバランスを保つ  何事にも多面性、二面性があることは一般的に知られています。例えば生きる目的とはライフワークとライスワークのように、通常2種類以上の到達点があります。ライスワークとは目先の課題を解決(飯を食うための仕事)で、ライフワークとは真理の追求(好奇心から見いだせる仕事)です。  ですから現状を認識するにあたってはこうした違いを知り、バランスを取ることが大切です。その際議論の求められることはありますが、その到達地点は議論で相手を「打ち負かす」ことではなく、「よりよい選択をする」ことです。議論の「打ち負かすことをよし」とすると足を引っ張ることが良しとなり、最終的には何も言えなくなってしまいます。 バランス具合を測るため図示する  こうしたバランスを取るためには図示することがわりやすいです。図示することができれば二面性や多面性をわかりやすく示すことができるのかもしれません。  また常に 全ての結論は途上 を認識することは大事です。あえて遊びを作ることで、その遊びから成長をする種とすることができます。 発信から見出せる目的  こうしたことから①周辺情報から真実を推察することが大事です。また②直接自分が得た情報を作ることで他人に発信することができます。    ただし前者は推察が時に情報の真実を見えなくさせてしまうことや、後者は情報やそのヒントを見逃すと言った注意点もあることを知るこ...

相手の変容を期待する方法

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 人間は本来ひとりひとり違います。それゆえ不満があり、またそれゆえ場合によっては相手に何とかして動いてもらいたいと思う場合があります。そのような相手の変容や行動を期待する場合、どのようなことに気をつければよいのでしょうか。ここでは相手の変容を期待する場合に必要なこと、およびその方法を書いてゆきたいと思います。   普段どう行動しているか  本来社会では限られたことしか知れないですが、その中ですべてを知り、そして相手の行動さえも変容させたいと思うことあります。  そのように相手に変容を期待するためには事実だけでなく、自分の出来る部分で出来ない部分を知り、人間関係を有効に活用しながら行動することが重要です。  人間関係を作るには、たまには”馬鹿になる”必要があります。一般的にコンサルタントの場合は、相手を変えることが目的なので、馬鹿にされないように強い物言いになることがあるかもしれません。  しかしわれわれソーシャルワーカーの場合は彼らとは違います。相手との距離をとりながら時には相手の踏み台になる場合もあります。相手に踏み台にされ、相手が私を必要としなくなることが「自立」です。そうした相手の自立してもらうことがソーシャルワーカーにとっての最終目標です。  こうした「自立」を促してゆくことは相手が「変容していく」ことと同じ意味だと私は考えています。   事前リサーチと行動  自立を促すためには (重要“と思われる”)情報のリサーチが必要 です。出来れば良いと悪いとの両極端を知れればよいですが、そうでなくとも複数の情報を得ることで「ほどほど」がわかります。そして仕入れた情報を拡大縮小することで 相手やその状況にとって最良を見極める情報提供 します。 その際決して最高なことが最良ではないことを知る必要があります。  次に、後戻りできない状況で退路を断って立ち向かうか、あるいは尻尾を巻いて逃げ出すといった 選択をします。   目的と見立て  そして目的を見据え、あらかじめ解決を見立て(仮定し)て検証します。その際、原因は一つなのか、あるいは複数なのかを考えます。  その場合に先読みは大事ですが、あまり先読みばかりに執着しすぎると 「策士策におぼれる」 という故事があるように、先読みに完璧性を求...

相手の成長に必要なものは常識と常識外と

 新入社員が会社に入って基礎的なことがわかった後でも、先輩や上司が小中学校の先生のように強制的に何でもさせようとする場合があります。こうした強制的にさせ続けている状況下では確かに一時的には成果をあげられるかもしれません。しかし長期的に見た場合に良好な人間は育てられず、すると長期的な成果もあげられ無いと思います。ですからこれでは問題です。そこで相手を育てるために相手の成長を見守る必要があるのですが、それには何が必要なのでしょうか。ここでは①個人の成長に必要なものを示し②それを見守るために先輩や上司、支援者が心がけたほうがよいであろうことを書きます。 選択と責任を持ってもらうことが大事   大事なことは自分からの選択を促すこと です。①判断力が低下している場合にはYes,Noで選択してもらいます。②次に何をしたい?などということから自分の行動を選択します。③そして最終的には自分で動いてもらうようにします。   自分で選択をする こととは自由を有しているということで、逆にいうと自分の行動に責任をもつ ということです。選択はしたいけども責任は持ちたくないなどといった子供のような理屈は大人の世界では通用しません。自分の責任を持てるように行動を促すことが大切です。 その選択と責任を持つための方法を以下に示します。 常識を協力して身につけてもらう  社会人という新たな環境に入ると上司の顔を立てたり、得意先では謙遜語を使うようになったりといった「一般常識やルール」を身につける必要のある場合があります。そうした場合、 他人と接することでこの常識やルールを身につけられ ます。もちろん自分一人でも身につけることはできると思いますが、それが実践として使えるかどうかは不明です。ですから先輩や上司はこうした常識を教えてあげることは重要です。  また先輩や上司は新入社員に対して一般常識といった技術的側面だけでなく心の面でも 親身になって話しを聞いてくれたり、話をし合うような仲間となることが望ましい です。  そのためには先輩や上司が新入社員を支えるような言葉がけをする必要があります。あるいはそれが難しい場合、私のような相談を聞けるようなヒトや、支えてくれる相談所を訪ねてもよいのかもしれません。   なお、人間はほうっておくとリスクや悪いことを大事...

組織を超えて個人を支援する重要性

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 福祉も慈善事業、フィランソロピーの一つです。これは日本と外国とで様相が異なっています。日本では特に団体前提の考え方があり、どちらかというと団体や組織だけの内輪な支援になりがちです。これでは本来支援を欲しがっている個人に対して適切にアピールすることは出来ず、問題です。そこでここではフィランソロピーがどのようなものでどうして行くのが望ましいか、といったことについて書きました。   身近にあるフィランソロピー  フィランソロピーとは慈善事業といいます。これは魚が欲しがっている人に直接魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えることに近いです。偽善と似ていますが相手のためにする意味で異なります。フィランソロピーをするには何を発信するかが大きなポイントとなります。考え方として何かを提供して何を得るかを考える意味では、仕事もある意味「フィランソロピー」といえます。  日本社会において多くフィランソロピーはありますが基本的に団体前提で団体への支援をしている場合が多いです。通常学校もフィランソロピーのひとつと考えられますが、それを良い形で社会への還元ができているかと考えると疑問です。誰かに搾取されたりせず、 ストレートに支援を望んでいる人に響く形が望ましい と考えています。   アメリカのキリストと日本の儒教  そもそもフィランソロピーの発祥は外国です。ですから日本と外国とは文化の違いがあり、それゆえ国同士におけるフィランソロピーへの価値観も異なります。  外国特にアメリカですが、ここでは何でも中身や企画さえよければ個人から周りの寄付を得られます。そうした寄付が社会に回ることで循環が起こっています。これはキリスト教の他を愛する文化に起因するのかもしれません。  一方日本ではフィランソロピーの考え方はあるものの、中身よりもコネや形にこだわる傾向があり、出過ぎるのをあまり善しとはしません。こうした 日本の文化は中国の 儒教的な文化に背景があります。官僚文化もそうですが偉い団体や組織があってのもの で、本人より家族、個人より団体や組織に意思決定権があります。これは自分は無力だから相手に寄りかかりたいといった、本当は弱い弱い部分があるからのかもしれません。残念です。   団体を超えて個人還元を目的にする  ですから例...

探偵と福祉とによる情報取り扱いの違い

 大衆はゴシップや興味本位なことが大好きです。これは相手の知れうる情報を自分だけが知ることで、悦にひたっているところがあるからなのかもしれません。こうした相手の情報を知ることは、福祉をはじめとした支援者にもあります。しかし支援者の場合と大衆ゴシップ誌などの場合とでは情報の取り扱い方法が違います。その違いを知ることは重要です。そこでここでは①ゴシップ誌をはじめ情報を得る『探偵』と②支援者として情報を得る『福祉(従事者)』とでどのように情報の取り扱いが違うのかを書きました。 違いは、知るか使うか    探偵と福祉とにおける情報の違いは「知る」か「使うか」 です。具体的に書きますと、支援するための 福祉の行動には 「知ってからのもう一歩の踏み込み」 が大事となります。  どちらの場合でも情報を知る意味では本質的にはしていることは変わりません。しかしもう一押し、あと一歩を踏み込めるか踏み込めないかで、場合よっては相手の反応が正反対に変わることがあるのです。 探偵と福祉の特徴と共通点  以前私は探偵になりたいと思っていたことがあり、実際に面接を受けに会社まで行ったことがあります。その際、所長さんにお話を聞かせていただいたのですが、そのときの話を要約しますと 探偵という職はあくまで情報を知る、得ることを目的 としているそうです。つまり あくまで依頼者の意図のみに従って調査対象者の情報を勝手に根掘り葉掘り得ます。時には違法なこともすることもあるそうです。  一方、対するものとして 福祉では、得た情報をどのように役立てられるか、即ちどう使うか、ということを目的 としています。福祉の場合は探偵の場合と違って調査依頼者と調査対象者が同一な場合も多く 福祉では調査依頼者であり調査対象者であるお客さんの意図に沿って、一緒に対応策を考えてお客さんのためにどうするかを選択し ます。  人間には誰しも他人に踏み入れられたくない環境や、生い立ちを持っていて、そこで人知れず悩んでいるものです。そうした知られたくないような情報に踏み込む点では探偵でも福祉でも共通している部分ではあります。  これは他から見ると些細なことかもしれませんが情報を提供する側からすると大きな違いです。 情報に対する責任  そしてもっとも大きな...

相談員の自信と母性や父性といった考え方

 相談員としてその特性が見出せない場合があります。そのような場合、お客さんに適した対応が出来ず、さらには自分のアイデンティティも確立出来ません。これは大変問題だと思っています。そこでここでは相談員としての特性を見出すために相談員が必要と思われる資質(自信と、母性・父性)を書き、自信についてどのようにしたら身に着けられるかを書きます。 相談員は控えめなほうがいい?  多くの福祉組織では相談員という職種の方がいます。こうした職種の方は一般的には控えめなほうが良いそうです。しかし私はそうは思いません。なぜならば、控えめでないほうが自分の自信がつきますし、相手へ自信を与えるきっかけとなりうるからです。  そもそも相手が相談しに来ているということは相手が何らかの不安を有していることが考えられ、自信がなくなっている部分があると思われます。そうした自信のない方からの話を聴いたり指導する場合、相談者以上に相談員の自信がなくなっていては相手に自信をつけてもらうこともできませんし、本来出来ることもできなくなってしまいます。ですからこれは問題です。  確かに気持ちを共有するという意味では控えめなほうが相手の気持ちに寄り添える部分はあると思いますが、相談員としては 寄り添うことは大事なものの、それが必ずしも目的になるとは限りません。自信を持って相手が巣立ってもらうことが目的 です。 自信をつけるには  そこでどのようにすれば自信がつくのかを考えます。自信をつけるには通常二つの方法があると考えられ①自分の心を真剣に向き合う方法と②取り急ぎ行動から自信をつける方法とがあるように思えます。そこでここでは②の方法を紹介します。  一般的に笑顔を無理やり作るとそれに合わせて気分も高揚するといわれています。これと同様に、通常自信のある場合には声が大きくなることが多いです。ですから、自信と声の大きさが関係あることを知り、声を大きくすることで自信を持つ方法があります。  岡野雅行さんの「心が折れない働き方(青春出版2011.12)」にも書かれていますが、自信を持つことは同時に自分の存在をアピールしていることとも言え、声が大きいということは自信も大きいと考えられる部分があります。 自信以外に必要な母性と父性  また自信以外にも必要な相談員の資質や考え方は...

問題解決法とパートナーの必要性

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 世の中に問題はたくさんあります。こうした多くの問題に直面した場合、どのように問題解決できるでしょうか。考えますと解決方法の一つに 「ディベート」というもの があります。このディベートとはどういうものなのでしょうか。ここではそれを記したいと思います。 これまでそしてこれから重要となる考え  多くの方は大企業を崇拝する考え方や医学部至上主義など、自分では何も考えずに何かの考えに乗っかることで安心します。しかしこれは今後時間とともに変化する世の中において得策といえるのでしょうか。  確かにわけのわからない世の中で、自分で自信を生み出し、生きることは不安が有り、失敗を恐れることがあると思います。  しかしどこかで けじめを付け、期限を決めて、なぜそうするのかを考え、決断し不安を絶つ必要がある ような気がしています。 考えを導くため方法  そのためには多くの選択肢が必要で、不必要な選択肢を捨てる必要があります。こうした選択肢を増やす方法の一つに、ディベートがあります。通常自分を含めた二人以上で行います。  新しい発明をするとき同様、枯れた技術(自分や他人の考え)から新しい技術(そのときの最善の策)を生み出すことができます。武器と思っていなかったものが思わぬところで武器に変わる可能性もあると思います。  ディベートは 仮説を出してそれを反論する、といった科学的手法 を用います。なければならない理由や重要性、それがなければ問題が解決しないといった解決性を、総合的に判断して賛成、反対の両面で見極めます。 方法の一例:細分化と組み立て  ディベートでは前提として 嘘をつかない、素直に謝ることは謝ると言ったルールがあり 、そのルールにのっとって問題を細分化します。  例えば叱られているのならば怒られている感情に目を向けるのではなく、言いたい事実は何なのか。問題の生じている原因は単一か、複数ならば原因は何か。一般論といわれているものは誰が言っているのか。こうしたことを明らかにして結論を論理的に組み立てます。  なお、場合によって解決に際し賛成・反対を越えた偶然性、というものも必要になることが有ります。 そして結論:自分で行動、補助人が必要。  また、こうして他者と自分とで得られた結論を実行・行動するに際し、最...

受け入れられないことへの対応

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  一人ではどうしようもない、他人に理解されにくい問題はあります。 それを解決するため声を上げる必要のあるときもあります。 声をあげるときには、  「現実」を見据え、「目的」を持ちながら「適度に」主張します。 受 け入れられない問題をどう対処するのでしょう。 セカイに差別はあります。差別を受ける人たちは手を取り合って生きています。 差別、とりわけ障害の人口比率において日本は5%で程度だといわれます。 20%のアメリカ、33%のスウェーデンと比べるとすくなく、障害の認定が厳しいようです。 障害でなくとも雇用でも男女による優劣があります。 女性は「家事手伝い」という伝家の宝刀を用いることで 数年無職の期間があっても雇用されたりすることがあるようです。 これらの優劣差、バリアに気が付くことが主張する場合は大事(区別とは別)です。 実際どうにもならない問題というのが発生した場合どうしたらよいのでしょうか。 そこでここでは障害の中で性同一障害を挙げ、どうするのかを考えます。 ちなみにこれは同性愛と違い、自分の性が受け入れられない障害です。 広 く社会全体で見る 広く見ると家庭、医療、社会の影響があります。 家庭において受け入れてもらえる家族や働きかけてくれるボランティアが必要で 受け入れられることで自分らしさを出すこと、自分が自分で動くことが望まれます。 医療も日進月歩で進化しています。現在考えられる性同一障害へは 1)精神療法2)ホルモン療法3)手術と言った治療が行われますが 障害の程度によってどこまでの手段をとるかは人によるようです。 手術には絶対は無く、リスクも大きいことは知る必要があります。 社会では行政への働きかけが必要となります。 書類は性別をまるで囲めばそれで終わりとなりますが、 それでも公的書類を出せなかったり、 戸籍が「家族の価値」として認識されていて改定は出来ません。 ですから生き方を変える意味では政治的に働きかける場合があります。 個 人で見る 本人、個人として見ると広く見た場合とは状況が異なります。 根底には自由進歩の雰囲気が必要です。 自身の性や身体を受け入れられない場合、 違和感を感じるこ...

生かされたものの役割、出来ること。

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  死した体験を身近で感じるからそこ、生かされている者が 「気持ち表出」の大切さ、「感情を置く時間」の大切さを認識します。 また新たな死を生み出さないためにも 他人のわずかな変化を見逃さない「感性」を磨きたいです。 自 死者の事例を今生きる人に生かす。 自殺者数が多いです。 ここ数年は年間3万人を越えています。 この原因は、健康、経済、仲間、など などさまざまで複雑だといわれています。 しかし本当の原因は死した個々人によって違い、 また本人にしか解りません。そしてすでに本人は居ません。 自殺の起こった後はどうしようもないですが、遺された人へのケアとして、 遺された人同士が 気持ちを吐露しあうセルフヘルプグループ があります。 同じ経験をした人たちが集まり 解決は出来ないが共に感じ、安心の出来る自由参加の場 内在した気悲しみや苦しみを表出させる癒しの場 歳月経過に伴い、気持ちが整理される場 として機能しています。 一方、この「死」の問題はカウンセリングでも重要です。 一般的に「死」の手前を体験することで初めて「生」を味わえるからです。 これらセルフヘルプグループ、およびカウンセリングを通して、 生きるわれわがどう生かせるか、考えます。 ですからここでは自死した子を持つ親の気持ちや傾向を経時で見ます。 気 持ちや状況の変遷 自死前 自死前は凄く極端にお子さんに期待するか、もしくは期待しません。 私は何か親御さんがお子さんの気持ちを見えていない気がします。 自死直後 実にショックです。 理由や動機を含め、解らないことが多いため 混乱と悲しみは底知れません。 世間から家族に責める言葉が突きささります。 以後書いたり話したりして感情を出すことが望まれます。 手っ取り早く悲しみを転嫁するため宗教にすがる人が居ます。 +数年 しばらくは「事件直前にああしていれば」と思うようです。 自分の子の死を認めたくないことから、 周りとのかかわりを持ちたくないこともあります。 子のことをいつも思い、寂しさが伴います。 +数年+数年 心中は悲しいながらも空虚感が出来ます。 いずれ立ち上がらなくては、と思うこともあるようです。 +数...

自分と異なる状況に、演じ、あわせる。

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変 化する状況 日々変わり行く状況に対応するのは大変です。 その代わり行く状況への策の一つとして 「仮説を立てる」ことがあります。 「こうだったらどうなのだろう」 「もしそのとおりにことが進まなかったら・・・」 などと考えることにより、次の行動への勇気を持ったり 最悪の状況に対する準備をします。 仮 説の一例。精神疾患の対処 仮説の一例として精神疾患を有する方に対し、「策を打つこと」があります。 社会生活になじんでいける自信がないと考えられている方に対して、 「日常生活の予行練習」をする ロールプレイ、 ソーシャルスキルトレーニング(SST) というものです。これは、演劇です。 自らを主人公として、 例えば八百屋さんにお金を支払う時にどのような手順で行うか、 といったことに対し、自分と他者とが意見を持ち寄り行動を煮詰めます。 共同で行う「台本書き」のような作業です。 精神疾患の方でなくとも、好きな子に告白するときは その告白が成功するように、入念な予行練習をされるでしょう。 SSTしかり、告白しかり、このような「演劇」は 知らず知らずのうちにわれわれが日常生活で行っています。 そして気が付くと、皆、男としての役割、お母さんとしての役割など 役割を演じながら生きている 部分のあることがわかります。 それはコミュニケーションを取る場で生きます。 変 化と就職活動 就職活動においてコミュニケーションは重要な役割を持っているようです。 他の人 も書かれています。 これまでの会社員のような和を乱さないといった画一的な考え 言動不一致の考え方、言い方から 個々が違う認識をし、言動一致する考え方が必要となります。 それらは、従来の「国語」という授業で学ぶこと以上に 人と人とが会話をするということ、分かり合う、気持ちを共有する ことを学ぶ必要があるようなのです。 最近の学校ではダンスが必修になっているのでしょうか それが必ずしも表現に生きていくのかどうかは分かりませんが 何らかの形で他の人たちと接する 必要があることは事実です。 コミュニケーションが人格的な問題だといった間違った解釈や コミュニケーション障害に特効薬...

必要な戦略の考え方

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人 の一生 人生とは死ぬまで己との戦いである という言葉もあるくらい、 人は常に戦っていゆくのだと思います。 その戦いを勝ち(勝たなくても良いのだけれど) 成長をしていくためには、挫折を経験する必要があります。 挫折の究極は「自分が死ぬこと」にあります。 その死ぬことを考える極端な場面として「戦争」があります。 明日死ぬかもしれない「恐怖」。 恐怖で占められた極限状態にさらされると 人間は飛躍的に成長出来る場合があります。 (決して成長できる場合がすべてではないことをご注意ください。) 戦争は力の論理といわれるため、 戦略を立てる意味での物理学が発達します。 あるいは戦争によって 人の心を知る精神医学が発達した ともいわれています。 また学問だけでなく経済も戦争によって発達してきました。 これら発展させてきた力は火事場のバカ力という言葉のように 極限状態といった外的刺激によって人間の秘められたパワーが、 引き出されたよい例なのだと思います。 なお、日本は戦争をしないこと憲法に定めています。 物理的な戦争は行われないことなっていますが、 一方日々の生活では受験、仕事など 戦い続けなければならない場合があります。 そのような他人と戦う場合にはどうしたらよいか、 一つの形として戦争を学ぶことは、 決して悪いことではないのかもしれません。 勝 つために 人生や、仕事でも勿論ですが、 戦いを勝ち続ける一つとして「戦略」 があります。 「いつ、どこで、誰が、なぜ、いつまでに、どうした。」 と言った5W1Hを含んだ目標を定め いかに損害が無く、効率的に行動するかを考えます。 ターゲットを決め、目標から推察される小さい中間目標をこなし、 目標達成に近づきます。 多くの専門領域を学び、訓練から得られる得意技を用います。 そして訓練から反射神経を磨くことで殺気を感じ、 攻める焦点を明確化します。 こういった 「体験的知識」と呼ばれる知識 を身につけられたかがポイントです。 情 報 目標設定ためには過去と未来からの情報を持ちます。 過去の情報は、情報の取捨選択をします。 以下二点がポイントです。 一点目は人間と環境の影...

苦労や経験は善

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手 っ取り早く済まそうとするのは悪? どうも、世の中がなんでも手っ取り早く済まそうとする傾向にあります。 すると確かに結果は簡単に得られるのですけども、最終的に 回りまわって自分のためにはならないような気がします。 その場だけの利益や雰囲気に流され、結局自分が損すると思うのです。 「急がば回れ」 これは物事全般に言えることなのだろうと感じます。 「若い時の苦労は買ってでもせよ」 「臥薪嘗胆」 など、苦を得ることは悪いことでないことが 過去のことわざでも多く見られます。 豊 かとは 最近はインターネットで容易に情報を入手可能になったほか 離れたところでもすぐに状況を確認できる携帯電話の普及、 東京大阪間のような数百キロ離れた環境でも 数時間で行きかうことが出来る交通網の発達がなされてきました。 少し前の話になりますがJR東海の技術で出来るリニアモーターカーにより 東京大阪間の移動に、これまでの新幹線では2~3時間近くかかっていたものが 1時間程度で行くことが出来るようになるそうです。 なんでも時間がかからず得られることで、効率化されるようになったものの 人間が待てなくなっているように感じます。 人 間関係でも 便利になったことは親子の関係でも影響を及ぼしていると考えます。 育児時、駄々をこねる子供に安易に物を買い与えたり 公共サービスが当たり前のサービスだと思って教師や学校に子供の責任を 押し付けたりすることがある話を良く聴きます。 即ち便利になった一方、親子共に 耐えるといった心は育たず 悲しみや我慢などと言った感情が出来にくくなっていると思うのです。 別 にそれでもいいじゃないか。 確かに、それはあくまで進化だ、ということも出来ます。 そう割り切るのであれば、 バカヨケ 的な策をもてればよいのでしょうが 以後バカヨケのためのバカヨケ対策、 バカヨケ対策のためのバカヨケ対策のバカヨケ対策など、 細かい規則で細かい作業を縛り挙げた挙句、 人間が人間たる心まで失ってしまうようで、 何か悲しいです。 (バカヨケのためのバカヨケ・・・は、極端に言うたらですけどね) 人間関係で言えば最終的には他者への思いやりが薄れる...

ボランティアとは。

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昔 の、世界と日本の流れ 社会主義が世界でにぎわっていた頃は 「差別が無かった」、「精神障害者が居なかった」 などという論を見ることがあります。 これが本当だったかどうかはわかりません。 なぜなら被差別者や精神障害者を 表に出さないようにしたのではないかと思う部分があるからです。 日本は社会主義国家ではありませんでしたが 戦中、そしてそれ以前も社会主義のような お上に従えといった押し付け教育をしてきました。 終戦後も一部の方はその考え方を崩せなかったのだと思います。 しかしそれにより追いつけ追い越せの考えが生まれ、 貧しかった日本が高度成長しえたのでしょう。 今 の、日本と障害 時代は流れ行くものなので今の日本が いつをさすのかは明確に区別できませんが、 戦後は自由な資本主義社会となりました。 しかしどんな環境でも 障害(特に心の)を持つ方は出ます。 その方々のため国が支援しています。 年金や、障害給付などです。 これらは明確な条文という根拠がある一方 制度の特性上どうしても”漏れ”が生じます。 制度を作ってしまっても漏れがでるので結局はいたちごっこなのですが 少なくとも(資本主義社会の形上、 国家の制度上で)漏れそうな人を防ぐため、 ボランティアの方々が活動してくれている場合があります。 ひとつに、近年増えつつある「自殺に対する支援」です。 支 える人 いのちの電話 そういった自殺対策ボランティア団体のひとつに日本では 「いのちの電話」 と呼ばれる、電話相談のできる組織があります。 また日本だけでなく世界中にあります。 他国が日本と同様ボランティアで活動されているのかわかりませんが 日本では無料で電話相談を行っている性質上「生活」「家族関係」、 「性」など多くの分野における問い合わせが寄せられるようです。 「いのちの電話」の対応者は研修受けた一般の方です。 また匿名性が守られています。 よってお客さんとは基本的に一度限りの関係となります。 タイミングが合えば連続して同じ対応者、 もしくは同じお客さんと話せられるかもしれませんが 確実に同じ人が対応してくれるというわけではありません。 疑 問 ...

わからん

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時 代の流れと日本 20世紀の日本は 正解を目指す 、といった ゴールや目標、”わかること”がはっきりしていました。 国でしたらドイツやアメリカ、経済でしたら技術やお金です。 何かしら正解といわれる”もの”や”かたち”があり それに突き進めばよい時代でした。 しかし 現在は分からないことが多いです。 未来がさっぱり分かりません。 現在は21世紀ですが、前述の20世紀の頃のように 分かる”こと”や”もの”、”正解”を求める方はいまだ多く居ます。 彼らにとって、わからないことは「恥」で、 これは日本の文化独特なもののようです。 自分自身のわからない「特性」を認めず、 「分からないこと」は「変」として それを排除します。 「分からない」を「わかる」ようにするためには 非常に多くの苦労をします。 結局「分からないこと」は「分かること」の集大成 なことが多いのですが、それを理解するためには 挫折を経験し、かつ未知を取り入れる余裕を持ったり 地道でめんどくさい作業をしなければなりません。 そうした苦労をしたくない、”分かっているつもり”の大多数の方が 少数の「分からない」、という「変な」人を排除すると、 組織は「変ではない人」ばかりになります。 すると最終的には他人の目を取り入れることが出来ない 鼻の高い団体 となります。 それでは困った、ということでいくつかの対処方法を考えます。 なお現在は情報過多の社会であるため、変に ノイズ を 取り入れてしまうと組織本来の目的が失われます。 また、組織数を多くすると供給過多になります。 解 決方法 恐らく心と手段のふたてで見るのがいいのかと思います。 心として 自分の知りたいと思う思いを持つ。 自分で解決方法を考える。 自分を納得する。 自分の直感を信じる。 いろいろする気持ちを持つ。 基本をマスターする謙虚さを持つ。 手段として 過去の文献や歴史からある種のパターンを見つける。 分からない部分の分解、掘り起こす。 騙し絵のような素人視点を持つ。 抽出したデータを理解する。 です。 こ れらを会得することにより 以上心と手段の二つのポイントをおさえることで ...

就職活動の心

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日 本の現状 日本の企業の99.7%が中小企業 だといわれています。 ですがなぜか日本の企業調査はたいてい 残りの0.3%の大企業 を対象 とした場合が多いです。 メディアによる報道もそのようなことが多く、 恐らく中小企業をあわせた全企業における 労働調査などを行った場合、 現在の労働調査結果とは大きく異なると思われます。 メディアとも企業とも言える会社に「リクルート」があります。 ここは研究調査結果を出していたりもしますし、 「フリーター」という言葉を作ったり 「 セカ就(聴いたことない) 」を推進 リクナビと言った就職活動者向けのサイトなど ブームを作ったりすることがあるようです。 世の中の動きをざっと見るのにはリクルートさんの情報を 利用するのは一つの方法ですが、リクルートも一企業なため そこで得られた結論には、取り扱いを注意する必要があります。 誰かの恣意的な情報操作のされていることがあるからです。 と言っても国立大学における研究論文のデータも 結論を出すために改変されていることがあります。ですから 本当の結論は自分で生データを入手し 自分で分析しましょう。 会 社と就職希望(活動)者 会社は人間で構成される組織です。 定年で人が出て行くのに替わり、 会社は経費を使って新入社員を雇います。 採用をすると決めた場合、 会社は企業活動として採用を計画します。 資本主義の原則にのっとり活動している「会社」ですから 当然、少ない経費でより売り上げられる 「人」を「コマ」として採用し、 「コストパフォーマンス」を求めます。 技術継承はともかくとして、 あくまで雇用のコスト削減だけを考えるならば 究極派遣労働者やパート、バイトを採用することもあります。 生き方の変化なども影響して、そのような働き方が増えています。 そういった雇用形態が変化する中で 近年、企業による 大学生を対象とした新卒採用の動きが早まっています。 2016年からは3回生の3月から就職情報活動をスタートさせるようです。 留年は心配ですが、4回生は就職一色になるのでしょうか、怖いです。 なぜなら 大学生の本分は研究なのにも関わらず それが実施されな...

組織活動で飛躍する方法を考える。

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飛 躍 会社などの組織で活動をする場合、 組織や上司、自分の心が何らかの形で関係します。 また活動中には多くの修羅場に直面しますが 修羅場時に、これら関係性の力を用いることによって 日々自分を発達し続けえるようです。 それぞれどのようなことが用いられるのでしょうか。 みていこうと思います。 組 織 組織では、地位により人間性まで異なりそうですが 差はさほど大きくありません。 内的適応と外的適応とを合わせる事が重要とされます。 具体的には他人との一緒の仕事、協働を図ることにより 苦楽を経験し、また ダイナミズムのすりあわせ が行えます。 自分のニーズと組織のニーズが合わずにギクシャク することはあるものの、 組織の中に居る個々人の良いところをすり合わせることで 人を巻き込み、他者への信頼感が生まれえます。 場合によっては配置転換で新しい視野も獲得できるでしょう。 上 司 もう少し細かく見ると、組織関係は 上司や部下との関係で成り立っています。 日本では上司になっても権限を与えられないため、 マネジメントをすることは難しいのだと思います。 ですが例え権限が無くとも自分がリーダーだとなるならば周りを 引っ張っていくことで責任を負いつつ、目標を描くことは可能です。 目標設定は一段高いところから見る視野も必要でしょう。 なにより 顧客の判断や価値を判断し、 より高いレベルで何を得るか、 仕事の仕方、与え方を考える機会 となりえます。 最 後は個人の心 仕事をしていると キャリアミストと言った不安のある状況 が自分の中で芽生ええます。 そのような状況に陥った場合は、心のよりどころとなる メンターの方を探し、相談アドバイスを受ける ことで飛躍できます。 また仕事は夢を持ちえ、夢は実現できる可能性があります。 夢と現実的な状況を 素直に見て、また逃げないことで 問題に対処しましょう。 逃げないこと即ち妥協せず、自分が伸びていける可能性や 自分のなかの埋もれた意欲を用いてパワーにします。 すると次の課題へ、更なる発展が期待できると思います。 何 とかしたい経営者の姿 会社などに属している...

小手先技術では勝てない

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薄 っぺらな技術と学校 特定、ごく一部の誰かの「利」になるため 歪んだ価値観を押し付けることがあります。教える「場」です。 世の中には多くの学校があります。その学校がどれだけ 「心のある技術」というか「根本的なこと」 を教えているのでしょうか。 学校で教えるというビジネスでは多くの人が裏で群がっている場合があります。 あ かんか 技術を磨くこと、自己研鑽することは決して悪いことではありません。 技術が無かったら専門家として勝つことはできないでしょう、 勝つための専門知識の蓄積、趣味として考えていることもあるでしょう。 ですがちょっと待って欲しいです。 その技術、心ありますか?と。 何か確固たる心が無い限り、仕事としての深みが無いのではないかと思うわけです。 その技術がどうして必要になったかとか、そういう熱意的な部分ね。 誰 を見てるの? 本来社会に出て 先人と同じ失敗を繰り返さないための技術 ではないか、 誰のためのための技術習得か ということに対してもう一度考え直したほうがいいと思っています。 結局学校でも小手先だけの技術を教えているのではないか と思う部分があるのです。勿論そんなところばかりではないと思いますが。 それに比べて学校などに通わずとも、打たれて考え、状況に適応していくプロも居ます。 その人たちは自分が成功するかどうか分からない、自分が自分を褒め称えて 自分を奮い立たせて仕事をしています。凄まじい力です。 本 当の戦い、実践 時に学校で習った人と実践で鍛えたプロは時に戦わねばならないことがあります。 今とっさに考えたところ、大道芸人さんの記憶が蘇っています。 大道芸人さんの場合、どちらのほうが技術的に素晴らしいのでしょうか。 恐らくどちらでも素晴らしい部分もあるのでしょう。 プロが負ける場合もあるし、学校で習った人が負ける場合があると思います。 だとした場合に、勝敗が決まったとき、その後の心意気は違うと思います。 どちらがどれだけ、どう悪いかと言ったことは無くて その後どうなるか、立ち上がり方に違いが出ると思うのです。 恐らく学校では負けることを前提として話...

依存することとはどのようなことか。

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大 事な大事な人との関係 社会を生きている以上、人と人との関係が出来ます。 最初は親子の子供の立場で、大きくなると恋人を作り男女の立場で、 最後は親子の親の立場で、それぞれ人間関係を育みます。 通常、時間がたつにつれ自立し、問題なく徐々に関係がなくなります。 一方、時間がたつにつれ自立出来ず関係が悪化し、 問題の発生する場合があります。 そのような場合、関係の悪化した誰かしらが訴え、問題が表面化します。 カウンセラーさんをはじめ、「自立を支援する人」は訴えを聞いた後、 お客さんと親族とが密な関係を作れるよう支援し、 もしくはお客さんとの擬似的な関係を作ります。 その関係から依存をし依存をされ、 最終的には「自立の支援する人」や親族がお客さんから離れる関係、 「自立の支援する人」や親族が必要のない関係を作ります。 問題が発生している関係は 「共依存的な関係」 とでもいいましょうか。 直接それで死んでしまうことは無いと思いますが、 暴力などの行動の原動力になると考えています。 そ れは。。。 依存関係という名の通り、人との関係です。 アルコール依存やDV、親子関係でもこれが原因で 生き難い生活をしている場合があります。 ざっくり書くと アルコール依存では酒を飲むことで無力感や必要とさえれていない感から 支えられる者が暴力を起こし、支える者が世話をします。 すると支える側が「私しかこの人を守れない」と思ってしまう。 いやいやながらもさらに暴力を受ける、というものです。 DVの場合は、支える側が支えられる側の行動を何もかも先取りすることで 支えられる側の心が弱体化し、最終的には暴力に発展します。 暴力後は支える側が「私しかこの人を守れない」と思い 時にそれで満足し、再び暴力を受ける日々が続きます。 親子関係では親が自分の正当化をしようとし、子供を犠牲者にして責めます。 子供は親の期待に応えようとして、親の行動に過剰適応します。 親は子に「私しかこの子を守れない」と考え、子に依存関係を強います。 最終的には子供の心が疲れ、引きこもり、摂食障害などとして問題が出ます。 これらは連続的に続く悪循環であると考えられるため 「逃げ...

関係の希薄な原因

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秋、別れに対し準備する季節、傷つきやすいのかしら 盛 り上がれない背景 「飲みいくか」「勿論、おごりッスよね。」 「盛り上がるぜぇぇぇぇー」 飲み会への参加、カラオケでの盛り上がりはあります。 ある調査 によると、新入社員で飲み会に誘われて 嬉しいと思う人の割合は76%という報告があります。 一方誘われてうれしくない人は34%ほどいると考えられます。 彼ら、飲み会に参加したくない人の背景には 傷つくのが怖いことが あるのかもしれません。 毎日顔を合わせる会社員や大学生であっても、です。 この気持ちの裏には自分の心にある”こだわり” 自分が注目されるべき存在である、と言った自分の 理想と現実とのギャップ が根底に潜んでいる と考えられます。 真実を自分の解釈で歪ませ、 自己価値が脅かされることから人間不信となります。 相手に認めてもらえないことから、心の触れ合う機会を閉ざし 相手に興味を持たないこともあります。 自分の本当の心を出すのが怖いので本心を隠すうちに 自分の行動さえもころころ変えます。 社 会と家族の影響 そのようなギャップのある心を育んでしまった環境は 社会と家族とが複雑に絡み合っていると考えられます。 それぞれ示します。 まず社会について、 過去に国は国民に富国強兵をのぞみ、またそれに応える形で 画一教育が行われ、戦後も残りました。 すると年功序列の制度もあいまって、 容易に今後のイメージが描けたのですが 変化の激しい昨今、希望のイメージを描くことが難しいです。 ですのでこれまで容易だった仕事のイメージが描けず、 つらさだけが残っています。 次に家族について 戦後は富が都市に局在しました。 そのため、自分が裕福になるためには都市に出る必要がありました。 都市に出ることで核家族化が進み、人との関わりの代わりに、 安定した仕事や収入を得ました。 すると、これまでの多世帯家族から単世帯家族に構成が変わり 不完全な夫婦、家族関係が出来上がりました。  (過去は大家族で支えあってその家族なりの家族を構成していた) 不完全な家族は心理的に不完全で、それゆえ、 完全な家族を期待する”こと”が多くなります。 ...

社会変革者・社会企業家とはどのような者か。

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社 会に存在する諸問題 日本の犯罪における再犯率は50% です。 刑務所内での教育がされているのか疑問に残ります。 少子高齢化が深刻化していて、小中学校の 空き教室が増えていたり 廃校せずとも一クラスあたりの人数が少なくなっています。 さらに本来破綻しか道が無いのに助成金を得る企業があります。 人だけでなく企業でさえも国に依存する文化があるようです。 われわれの生活する日本には制度として法律があります。 しかし制度には穴があり、 その穴が問題として現れています。 問題の解決に向け、社会改革が今、求められています。 社会変革手段の一つが社会福祉です。 ①人の心を自立に導くことと、 ②これまで培ってきた資本主義の英知 を利用して問題を解決 します。 企 業と福祉・医療・教育支援者との関係 宗教的な「慈愛」を考えると、富を持つ人が資を投じ、貧を支えます。 「社会起業家」という職業の方は、 富を有した方と貧の方、 もしくは 企業と福祉・医療・教育の関係者や団体 を つなぎ、よい生活の得ることを 目的としています。 資を投じる方は、その用途説明を求めますし 資を得るほうは出来るかぎり無駄に無いようにミニマムマックスで 事業を運営するよう心がけます。 社会起業家さんは達成を使命を目的とし 主はお金儲けで無いです。 資を投ずる側からは貧を救うことは無駄なように見えます。 しかし例えばIT企業がITの教育分野に資を投じたとすれば その企業のIT教育を受けたスペシャリストが養成されます。 そう考えると広い意味での設備投資とも考えられるのではないでしょうか。 企 業と国 福祉・医療・教育的な側面で見ると 企業と国とは対局にあると思われます。 企業は 利益を第一とする集団 速い行動、効率的な行動 国は 利益度外視 遅い(企業と比較して相対的に) です。その中間的な役割にたつものが NPOや社会起業家であることが考えられます。 社会起業家が主として関係者に働きかけるイギリス型と 関係者がみんなで集まるアメリカ型があります。 おなじ島国だからかはわかりませんが、イギリス型のほうが私は好きです。 企 業を結ぶ立場にある社会...