問題解決法とパートナーの必要性

公開日: 10/29/2014 ソーシャルワーク 感想 読書 武器としての決断思考

問題解決には論理的な組み立てが必要になる場合があります。




















世の中に問題はたくさんあります。
こうした多くの問題に直面した場合、どのように問題解決できるでしょうか。
考えますと解決方法の一つに「ディベート」というものがあります。
このディベートとはどういうものなのでしょうか。
ここではそれを記したいと思います。



これまでそしてこれから重要となる考え。

多くの方は大企業を崇拝する考え方や医学部至上主義など
自分では何も考えずに何かの考えに乗っかることで安心します。
しかしこれは今後時間とともに変化する世の中において
得策といえるのでしょうか。

確かにわけのわからない世の中で、
自分で自信を生み出し、生きることは不安が有り、
失敗を恐れることがあると思います。

しかしどこかで
  • けじめを付け
  • 期限を決めて
  • なぜそうするのかを考え、
  • 決断し
不安を絶つ必要があるような気がしています。



考えを導くための方法

そのためには多くの選択肢が必要で、
不必要な選択肢を捨てる必要があります。
こうした選択肢を増やす方法の一つに
ディベートがあります。通常自分を含めた二人以上で行います。


新しい発明をするとき同様、枯れた技術(自分や他人の考え)から
新しい技術(そのときの最善の策)を生み出すことができます。
武器と思っていなかったものが思わぬところで
武器に変わる可能性もあると思います。

ディベートは仮説を出してそれを反論する
といった科学的手法を用います。
なければならない理由や重要性、
それがなければ問題が解決しないといった解決性を
総合的に判断して賛成、反対の両面で見極めます。



方法の一例:細分化と組み立て

ディベートでは前提として
  • 嘘をつかない
  • 素直に謝ることは謝る
と言ったルールがあり、
そのルールにのっとって問題を細分化します。

例えば叱られているのならば
怒られている感情に目を向けるのではなく、言いたい事実は何なのか。
問題の生じている原因は単一か、複数ならば原因は何か。
一般論といわれているものは誰が言っているのか。
こうしたことを明らかにして結論を論理的に組み立てます。

なお、場合によって解決に際し賛成・反対を越えた
偶然性というものも必要になることが有ります。



そして結論:自分で行動。補助人も居ます。

また、こうして他者と自分とで得られた結論を実行・行動するに際し
最終的には自分で決める必要があるように思います。
なぜなら自分の人生は他人の人生ではなく、
自分で責任をもって歩んでいかなければならないと思うからです。

こうしたディベートの考え方が独りでできれば
多くの問題が解決できて望ましいのですが
独りでするにはなかなか難しく、
さらに周りに真剣に話のできる人が居なかったりする場合は
問題を問題として考えることができません。
ですからそうした考え方の補助をする役割として
パートナー的な存在が必要になってくるのだと思います。

例えば私のような、です。

それを以下を読んで考えました。
瀧本哲史 武器としての決断思考 星海社 2011.9です。
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