使う身使われる身と向く方向性

公開日: 10/09/2013 気持ち 経営 生き方

織内に居る人の立場を考えて。

サラリーマンとしてと経営者としてでは
根本的な考え方が違う部分があります。

経営者としてでしたら労働者を働き手として
使う?というより育てていかねばなりません。
そしてお客さんの信用を得、最終的に利益を得ます。

一方サラリーマンとしては
「労働力を提供できればいい。」であったり
「さしあたり生きるためには金が必要だ」
と考えられるケースがあるのだと思います。

勿論サラリーマンでありながら経営者的な考え方を
持たれる方も居、逆に経営者でありながら
従業員のような考えをされる方もいます。


果を見誤らないよう

ただ、どちらの立場にしても目先の仕事に対する成果、
即ち本来は結果であるはずの「お金の得ること」を目的とした場合
行動の深みや洞察力は増さなくなると思います。
そして一時的な利益は得られるかもしれませんが
事業としては続かなくなる気がします。

「太く短く生きるんや!」といわれる気ならそれでも構わないかも
知れませんが、芸能生活でいわるところの「細く長く生きる」
ことのほうが結果的にお客さんの信用は得られやすいのかな
と、思う部分もあります。生き方の問題なので否定は出来ませんけども。


業員と経営者とで向く方向性

小さな組織では成り立つでしょう。
サラリーマンと経営者とで考え方が合致してたり、
同じ方向を向いている場合ならばサラリーマン、経営者
双方ともに行動のうえで多少のミスがあったとしても不満も出ず、
まま出たとしても言い合って方向を修正しながら行動していくことで
充実した日々を送れるのかもしれません。

組織が大きくなるにしたがって、人と人との間に介在する
人が多くなってゆきますから、ある程度の規律の質を確保するため
”決まり”が必要になります。これが実は結構曲者で、
伝言ゲームのように、トップの言ったことが正確には
従業員に伝わらないことがあると思っています。

例えていうなら、世界の多くの方が信仰される
キリスト教の経典、聖書がいくらでも解釈されるように、です。


ると

方向性が違ったり、お互いの解釈が及ばない場合
お互いに不満が残る可能性があるのだと思います。

不満が残るくらいなら諦めることで構わないのかもしれませんが、
上記の例で言うなら経営者は決まりを作ったことで
役割を果たしたと判断し、事業を大きくすることに躍起になると思います。
指示通り動かないサラリーマンに腹を立てるのでしょう。
サラリーマンも、どうせみられてないのならどうにでもなったれ!
と悪事に手を染めたりするケースがあるかもしれません。
そうすると組織としてみんなばらばらな方向を向きます。
ばらばらの方向に向いた組織の終焉は近いです。
「形」として出なく、「心」としてね。


うはそこで

私が例えばコンサルタントとして経営者さんと話をするならば
人を見ませんか、と一つの考えをシェアするかも知れません。
サラリーマンさんにお話をするならば、もっと一般的な例、
例えば家庭で、あなたが家庭の経営者である場合、
その組織に居る家庭構成要因の方と話をして
同じ方向を向いてもらうことが出来るよう、
伝えること、すりあわせることは大事ではないですか?
とお伝えするかもしれませんね。
決して「同じ方向を向け!」と命令する形を推奨しているのではなく。

と、アルバイト募集の看板を見ながら考えていました。
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