損を自らとることと希望を持たず諦めることは大事

公開日: 1/26/2014 「損する生き方」のススメ カウンセリング技術 感想 生き方 読書

 


















 「損は買ってでもせよ」先日私の祖父母宅に行ったときにも言われました。確かにその通りだと思います。ですが“嫌がおうにも”という点に限って言えば、私は疑問を呈します。なぜなら自分の人生を犠牲にするのではなく、あくまで自分は自分の人生他人は他人の人生と思っているところがあるからです。ですから自分の限界を知った上で自分の意思で損を得て、現実問題へ対処する方法もあると考えます。


他人と自分の価値


 皆さんは常識を気にしますか、常識とは「見えない世間の良識」です。先日はセンター試験があり、平均点がどうだといわれています。しかしこうした平均点でなくとも、勝ち組・負け組と判断したり、恋の告白は男からするものだったり、常識は広く蔓延しています。これらは世間のものさしです。周りはそれを押し付けます。

 それに対して、自分の気持ちはどうなのでしょうか、自由になることから自由であることを考え、束縛から解放を望んでいるのではないでしょうか。それについての方法ををここでは述べます。

 世間一般としてお金持ちになったら自由になるものと考えられますが、実際お金持ちはなるとそれはそれで気持ちは縛られます。ですので極端に言うのならホームレスなどの方のほうが自由なのかもしれません。そのようなホームレスのような方の自由を持とうとした場合、出世というとらわれからの開放や、諦めを持つことが成功と考えられます。これは反省しても仕方が無く、一瞬を大事にすることで身に付きます。
 具体的には1)良くしたいと思うことが良くしなければなないと思うことに勝り2)問題を放っておくことで見出すことが出来るのかもしれません。


行動指針として


 安直に気持ちや結果を求めようとする方、もしくは理由が無ければ行動できないと考えている方が居ます。さらに自分だけを得を得ようとしている考えをもたれている方、加えて布施は恵むことだ!と勘違いしている方が居ます。

 それは全て共通して寂しいことです。それに対し、自分として「損」の得ることは重要です。
 1)損をすることに意味があり尊く、悪役をも好まれます。引きこもりでもそれでいいのです。安心がえられます。また得ないことも本当の布施です。
 2)問題を放っておくことで、「考えること」を考えないことを学びます。
 例えば老人は老人として認め、変に他人に干渉せずに尊重します。また、触らぬ神にたたりなしのように無関心が真のやさしさだったりします。

 2)についてカウンセリングの場で、相手の気づいていない問題に気づくことがあります。しかしそれをを変に刺激することなく、問題は問題としてほうっておくことがあります。確かに問題を刺激すれば早めに爆発しえるのでしょうけども、それをしても意味の無いことが往々にしてあるからです。


広くから細かく


 また現象の理由を考える「科学」を学ぶ場合、宇宙を調べることがあります。その終わりや宇宙の限界を調べようと思うと、実は「広がっている(状態)」ことがわかり、宇宙を調べること自体が破綻します。つまり自分だけで何かしようとも、どうにもならないことがままあります。

 どうにもならないこととは、逆に超絶的な何かがあると考えます、それは宗教です。西洋ではユダヤ→キリスト→イスラムという流れで出来てきました。神からの預言者はモーセ→イエス→ムハンマドと変遷し、教えも変わります。なお、東洋で言う神、仏は宇宙(真如)から「来た」者とし、「如来」といいます。釈迦如来は考えてもしょうがないことは考えんでもええやろ、と考えていて、その教え、佛教は考えない訓練をしている学問なんだそうです。

 その考えはわれわれの身近でも活かすことは出来ます。、例えば親は子どもを育てる場合、ついつい「子供の悩み」を忘れ養育者の評価、理想を基準として子をぼろくそに言うことがあります。それに対し、子供を子供、一個人として成長を当たり前に驚き、感動する心をもちながら現実の地に足をつけることで親子ともに良く生きられるのではないかなと思うのです。

それを以下の文献を読んで考えました。

ひろさちや/石井裕之著 「損する生き方」のススメ フォレスト出版 2009.12 です。
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