現実と理想との間にある遊びの必要性

公開日: 2/16/2014 教育 仕事 生き方

















勘違いしている


 理想と現実は同じ、と思われてる方が多い世の中です。実は理想は現実と異なります。その理想と現実との間に挟まれて困っている方が居ます。そのようなことで困っている方に私は考え方の「遊び」を持ってはいかがか、と思っています。理想と現実との間、それが「遊び」です。


学校教育 教育理想と現場


 私は学校教育でも一般的ではない国立の高専に通っていました。そこでは基本的に「ばれなきゃOK」といった「遊び心」のある感覚で行動していました。そしてその感覚は私だけではなく学校全体がお互いに有し、黙認していたように思います。

 ところで先日高専の先生とお話をする機会を持ったのですが、最近ではどうやら高専にも「遊び」とは「逆」の「理想」や「完璧性」が求めてられてきているようです。

 学校側も訴訟沙汰を恐れて「遊び」を持った行動ができず、変なところに神経を尖らせていて、堅苦しくなったと思います。

 そうした遊びのない社会は、今後伸び成長してゆけません。だとしたら問題です。ですから問題を起こさないように、伸び成長してゆくための「遊び」は、どのように持ったらよいのでしょうか。ここではその一例としてサイエンス、ものづくりの現場について述べ、どうするかを考えます。


サイエンスでの例


 これを読まれている方の中でも私と同じように化学を学ばれていた方学ばれている方がいらっしゃると思います。その学ばれている化学の中で、気体の状態を物理計算することがあります。これは通常、理想気体と実在気体とで分けて考えます。

 一般的には理想気体が計算しやすく、きれいな式であらわせられるのですが、それを実在の気体で当てはめた場合、計算式は成り立ちません。ですからそうした場合は現実に即した方程式なり定数なりを作ります。それ(例えばビリアル方程式)が「遊び」になります。


ものづくりの現場での例


 ものづくりの現場では、より良い製品をひとつでも多く作りたいと思っています。しかし何かしらの違いや欠陥のある人間がもを作っている以上「必ず」一定の不良率がでます。これは防ぎようがありません。

 その不良率の出来る可能性を配慮し、あらかじめ「遊び」を持たせ、対策を打つなり予算を組むのが管理者としては大事です。


問題解決に向けての認識


 悪い人ならばその「遊び」の欠陥性を逆手にクレームを入れます。それは残念なことです。しかし遊びによる間違いは、したくてしている場合ばかりではないと思うのです。

 ですからサイエンスの例で言えば「理想と現実とは違うのだ」という考えです。
 ものづくりの例ならば「まぁ、使ってると壊れることもありますよね。」といった現実を認める気持ちを持つことが大事だと思われます。


問題解決への対策


 そして現実の対策に向けて現実的な対策を打つことが大事なのだと思います。
 
サイエンスの例で言えば「こういう理想から現実に即するために定数を作ろう」
といった考えです。
 ものづくりの例ならば「ミスが起こりうるために交換は迅速に行おう、その予算を組もう」といった考えが出来るわけです。

 なお、理想を追求すると、ミスの無い世界や不良の無い世界ができます。しかしそこでは苦労や乗り越える障壁もありません。よって伸びることも成長することもできません。ですからそうした理想的でミスのない、不良のない完璧な世界の場合、非常に味気ない、つまらない世界になると予想します。現実ではありえませんが。


遊びを知る人伝える人


 そうした理想と現実との違いは・教育現場で教える人・後輩に教える人に先にわかってもらい、伝えてもらう必要があります。
 経営者でしたら安全率を見越して計画を立てる必要を持ち、部下に伝える。先輩なら作業の中に「遊び」を盛り込み後輩に作業を渡す。といった考えが必要なのだと思います。


遊びがあることを知れる利点


 細かい作業でも「遊び」のあることがわかると、生きる姿勢にも「遊び」ができます。遊びができると、余裕を持ち伸び成長しうる可能性を感じえることができます。

 昨今「ゆとり」を持って教育することが望まれていますが、これはあくまで時間的な「ゆとり」なのではなく、理想と現実との「ゆとり」なのではと思うのです。

 理想を高く掲げるのはもちろん問題ないとは思いますがそれに躍起になって、大事な現実をおろそかにしていることがあるやもしれません。


道に落ちてるナットも遊びがなくなって外れてしまったのかもしれませんね。
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