複眼的視点、複眼的ものの見方を求める。

公開日: 3/25/2014 グーグル・アマゾン化する社会 感想 読書

とんぼも複眼視点

1980年代からインターネット(以下ネットと表記)が普及し
今では何でも「使ったもの勝ち」で便利な世の中になっています。
また情報が得やすくなるだけでなく、発信もしやすくなっています。
これは自然発生的に生じたものなのでしょうか。
実はそうでなく、誰かが意図した広がりである場合があります。
こうした「誰か」が「意図した」広がりがある、ということは
広がりの中で何かしら問題が発生した場合はもちろん、
広がりを利用して変化しよう・成長しようと考えた場合に、
改めて「気づく」必要があります。
そうした「気づき」を得るためにはどうしたら良いのでしょうか。
ここでは気づく見方・考え方のひとつを述べます。



二つの考え方


一般的な考え方には恐らく旧来までの日本的な考え方と
これからのアメリカ的な考え方があると考えています。
以下にそれぞれ示します。

  • 日本的な考え方
省略文化を使用した一極集中型です。中央集権型と言いましょうか。
例えば政策は国が主導し、それを信じてそれに皆が従います。
自分で考えなくて良いためラクで安定と判断のスピードは速い一方
疑いがないことから騙されることにがあり、判断は面白くありません。
  • アメリカ的な考え方
情報を全て明るみに出し、広げます。地方分権型といいましょうか。
例えば政策は皆が自らの意見をぶつけ合い、議論をよしとします。
当然決まった型などが無いため不安定で苦痛です。
さらに判断のスピードが遅い場合もありますが、一方で
各自が納得した形で決定に参加できることから判断は面白いです。
これらの違いは表裏一体でどちらも正しく、間違っていることはありません。
一方でこれらは見方をわずかにずらすことで発見することができます。
なお、成長を期待する場合には両方の考え方が必要です


これからの考えと問題点


見方をずらすとは具体的にどのようなことなのでしょうか。
以下に具体例を示します。
図1.視点Aと視点Bとでの見え方の違い



















つまり実施主体なだけでなく、他から見る視点、
冷めた視点や別の視点を持つことがポイントです。
これを複眼的視点と言います。 こうした複眼的視点は、
情報を発信することを目的とした世界、即ち
現在のインターネットの世界は日常茶飯事に見られます。

    特に近年では
    ADSLや光回線などの高速通信技術の発展
    2chやブログ、facebook,twitterをはじめとした
    SNS等の情報発信の出来る場の整備
    がなされることにより、以前にも増して複眼的なものの見方が可能です。

    例えばひとつの事件をとっても
    読売・産経新聞ソースと、
    朝日・毎日の新聞ソースとでは見方が大きく異なります。
    これは社の思想的な部分が裏にあるからなのだと思われますが、
    ひとつの情報にとらわれないことにより真実を見抜けるだけでなく
    発信者の何らかの「意図」を汲み取ることも可能なのかもしれません。

    ちなみに、こうした情報が得られやすくなった一方で
    ひとつひとつの情報の価値が落ちる。
    善悪や用途を含め、かが判断しないと情報がたまる。
    という問題が考えられます。

    ですから先の事件の例でも示しましたように、
    成長をしたり何かしらの意図のあることを推察する、
    あるいは複眼視点を持つために、まずは
    ひとつのテーマに沿って片っ端から情報を取り入れる。
    ことが重要なのだと思います。


    それを以下を読んで考えました。
    森健 グーグル・アマゾン化する社会 光文社発行 2006.9です。

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