教える立場の、人の気持ち

公開日: 7/16/2014 感想 教育 子どもよりも親が怖い 読書





















教える立場の方の中には
「俺様は貴様らより偉いんだ」、と思っている人がいます。
別に個人の心情はどうでもいいのですが、
こういった気持ちも行過ぎ、表に出ると、相手がどうあれ
「俺の思い通りにしてやろう」、とか、あるいは
「子どもを扱わねばならない」といった気持ちになりがちです。
すると、理想と現実との間で思い通りにならないことに怒り、
時には暴力などを起こして問題となる場合があります。
こうした問題に発展する前に、教える立場の方は
どのような気持ちを持ったらよいのでしょうか。
ここではそういった教えるもののあり方について考えました。


気持ちの上でのボタンの掛け違い

教える立場に就いている方の一部には、
「どんなことをしても相手は従うべきなんだ
 だから俺のしたいようにしていいのだ」
と思うことから気分次第で行動し、
相手に対し理不尽なことを平気で要求する方がいます。
自分だけの感情でとどめているのならばまだ許せるのですが、
この考えが行過ぎ表に出てしまうと、理不尽さを仲間内だけでなく
最終的にはお客様にも浸透させてしまいます。
これは教える側の心の弱さがそうさせています。


教える人自身の生育環境も影響?

こうした考え方の原因には、教えるもの自身の
幼少期における育成環境も、一つあるのかもしれません。

良くも悪くも、本気でぶつかり合うことが少なかった
つまり心をぶつけられず、押し付けらて育てられきた経験が
そうさせている部分もあるのではないでしょうか。


教育基本法執行者としての役割のある教師

ところでこうした教える/教えられる環境といったもののなかで
身近なものには「学校」があります。
こうした学校は何のためにあるのでしょうか。
学校教育法上、例えば義務教育では

第二十一条  義務教育として行われる普通教育は、教育基本法 (平成十八年法律第百二十号)第五条第二項 に規定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
 学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
 学校内外における自然体験活動を促進し、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。
 我が国と郷土の現状と歴史について、正しい理解に導き、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うとともに、進んで外国の文化の理解を通じて、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
 家族と家庭の役割、生活に必要な衣、食、住、情報、産業その他の事項について基礎的な理解と技能を養うこと。
 読書に親しませ、生活に必要な国語を正しく理解し、使用する基礎的な能力を養うこと。
 生活に必要な数量的な関係を正しく理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
 生活にかかわる自然現象について、観察及び実験を通じて、科学的に理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養うとともに、運動を通じて体力を養い、心身の調和的発達を図ること。
 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸その他の芸術について基礎的な理解と技能を養うこと。
 職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。

とあります。

教師はこうした役割を援助することが法律で決まっていますが、
教師はこれを全て忠実に執行さえすればなんでもいい、
と考えるのは何か間違っている気がしています。

日本の法律は昔から 必要条件ではありますが、
決してそれを満たせばよいといった十分条件なものではなく
教育の法律でもそれはいえる気がするのです。


必要条件的な考えの気持ち

教える立場の方で、こうした法律やルールを
(教師であれば教育基本法、会社であれば会社の規則)
あくまで必要条件として考えている方の気持ちは
  • 皆同一で画一的な存在ではないのだ。
  • その場限りの適当な説明を捨てる。
  • 諦めて他の人を頼る。自ら動く。
と言った、全ての得ることを諦め、現実を受け入れる部分があります。
そして、次に起こす行動から対策を考案します。

 
十分条件的発想から必要条件的発想への転換

このような必要条件的な考え方に今ある考え方を変えるには
一つには他人と利害関係の無い対等な関係を築き、
その方に考えを話すことで歪みに気付く必要があると思います。

そうした調整をする役割を担う職種の一つは
私がしているようなソーシャルワーカーです。

こうしてはいけない、や、こうするべきだ、と決め付けるわけで無く
あくまで事実を事実として捕らえて、どうして行くかを考える、
そうした本当に意見を言える仲間が必要なのだと思います。


それを以下を読んで考えました。
諸富祥彦 子どもよりも親が怖い 青春出版発行 2002.10です。
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