専門家さんは考えの共有可能な仲間を見つけて安心する

公開日: 11/19/2014 ユダヤ人大富豪の教え 感想 経営 専門家 読書

気持ちも特効薬のようなものがあったらよいのですけどね。























 多くの人は自分の考え方を後押ししてくれる人が居ないと、不安になります。その不安が増大してくると、行動が億劫になったり、行動しても無力感を感じたりします。これは問題です。そこでそういった問題にならないようにするにはどうしたらよいのでしょうか。ここでは特に高い利益を生み出すことができると考えられる、専門家さんにとって大切なこと、そしてまた日々の仕事からお金だけでなく、幸せに生きられる方法を私なりに考えてみました。それを以下に記します。


利益向上の視点


 物事の見方には経営者的で鳥瞰的な視点と従業員的で微視的な視点しかないのだと思います。これらをうまく利用、使うことによって会社や組織、個人の売上を伸ばせられると思います。

 単純に売上とは客単価×客数で考えられますが、その売り上げを伸ばすことを考える場合には単価を上げる方法でも、客数を増やす方法でもどちらを選択してもいいと思います。いずれにしてもお客さんの視点に立って熱くなりすぎず、サービスの付加価値を向上させることに秘密あると考えています。


高付加価値利益に恵まれる専門家の方々の気持ち

 
 例えば私の場合でしたら、専門家さんに対してどう変われるか、満足した生活を得るためにはどうするか、助けを呼べる安心感をお客さんにもってもらうことでしょうか。

 一般的に専門家さんの中で特にお医者さんや弁護士さんは昔から勉強ができ、それが故に目指された方も多いのだろうと考えます。俗に言うエリートと呼ばれる人たちがなられる職業と考えられ、お金を持っている存在ではあると思います。

 しかし、お金を持っていることと、幸せかということとは少し違いがあるような気がしています。すなわちお医者さんや弁護士さんなどの職業に就いている人でも決して全員が全員幸せなわけではない、ということです。(幸せであると自己暗示している人も居ますよね。 )

 また、上記のエリート、即ち専門家な方は専門家であるが故に、特異な考え方を有している場合があります。特異な考え方は基本的に小数になりがちです。

 ですからそういった専門家さんの方のため特異な考え方を共有できる存在、 いわば考え方を分かち合ってくれる存在が必要なのではないかそれがかつて研究者という先端の立場にいた私にとって役立てることができるのではないかと考えています。

 異端な人でしたら異端な人同士で安心感をもつ、そういう寄り添ってくれる存在の人間(豊島のような)が専門家さんの近くに居てもいいのではないか、私はそのように考えています。

専門家の方々の仕事に対する意欲の向上


 また、安心感を持ってもらうことだけではなく、安心感から一歩先のことを考えるお手伝いをしていきたいです。
 例えば仕事であるならば仕事というタスクの先の楽しみを見出し、明らかにすることでお金だけに縛られない意味での①「幸せ」に対する目標の設定と②具体的な手段とを考えられるかもしれません。

 「幸せ」に向けて目標が定まった人の目はキラキラしてますし、また目標に向かってひたむきに頑張っている姿は誰しも応援したくなります。
 それには時間を忘れて没頭できることはなにか、イメージを明確化することが大切です。具体的な例で言うと、メーカーの場合でもただ単に日々の作業として仕事をこなすよりは、作ったものを使ってくれるお客さんのイメージをわかせることで仕事への興味や、深みが増すのだと思います。

 そうしたことを考える機会を持つために、例えば真面目に話をするところとくだけて話をするところで言葉の選択に注意を払ったり、一事が万事という言葉があるように、普段の生活からご自身の生活を形作る必要があるのだと思います。


周りとのずれを修正して自分らしく生きてほしい


 結論として専門家さんが幸せになるには①ずれをずれとして認識して、安心感の共有できる仲間を作る。②日々のことから物事を奥深くまで考える。そうした二つの面を持つ社会人になることで、自分を自分として認識し、強くたくましくなってゆくものと考えています。私は専門家さんのそういった気持ちや行動を後押ししたいです。


それを以下を読んで考えました。
本田健 ユダヤ人大富豪の教え 大和書房 2006.2です。

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2 件のコメント :

  1. 確かに専門職は一般職の方や親族すらにもあまり考え方を肯定してもらうことはできません…
    私も非常にこのことでは嫌な思いをしています。
    一緒の専門職内でも考え方の程度があるので、なかなか難しいですが…
    つまらないことは話さない。という個人的考えに到達しました☆
    別に不安が募るわけではないのですが、愚痴を聞いてほしい時にはウサウサとしますよね。
    書かれていることが非常に共感できる所があります。

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    1. 浅漬けさん、コメントありがとうございます。嬉しいです。
      そうなんですよ、私も専門職として研究開発をしているときに、なかなかどうして「肯定してもらえる機会が少ない」ことを思っていました。なかば否定されるのが当然な風潮さえあります。
      それに対して、おっしゃるように「話さない」、即ち「関わらない」という考えも一つおありだと思います。もうひとつ考えられる方法としては恐らく「徹底的にやりあう」ってことですが、徹底的にやりあうとなるとその下地には素直で信頼のある関係が必要ですし、「言い合って、はい、終わり」となかなか割り切れない部分が日本社会にはあるような気がします。
      ただ、専門家さんも専門家さんでやはり一人の人間ですから、愚痴を聞いてもらいたいときもあると思います。そうした場合には愚痴を発散してもらう土壌作りや、環境づくり(話してもいいのですよという許された場)も大事で、それを作っている最中なのです。

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