捨て箇所を見誤ると組織は終わる。大学組織から。

公開日: 11/26/2014 学校教育 感想 読書 文学部がなくなる日

捨てるには度胸がいります。






















世の中スペシャリストからジェネラリストになる人は多いですが
ジェネエラリストがスペシャリストになる人は少ないです。
これは捨てることから拾うことは簡単ですが
拾うことから捨てることは難しいからだと思っています。
こうした「捨てる」選択ができないのは、
捨てる箇所と捨てない箇所をよくわかっていないからかもしれません。

これは組織の中でもあります。一例としての大学がいえるでしょうか。
大学は本来研究機関で、かつては少数のエリート養成機関でした。
ですが最近ではその目的を廃して、大学側が、
誰でも多くの学生を入れようと奔走しているケースを目にします。
学部も目で見ればわかりやすいように徐々に細分化し、
作られる一方でやめられることは少ないと思われます。
目指すべきところはどこなのか、よくわかってない状態なところが多いです。
これではいずれ高等教育機関、研究機関としての形がなくなり
本来の役割は果たせません。これでは問題です。

そこでここでは大学を例に取り、
大学だけでなく一般的な組織という部分において
うまくいく組織運営をするにはどうするか、
何を捨てるかを重要視することについて考え、書きました。


高等教育機関は中等教育機関とは違う。


最近、大学を中学や高校の延長線だと思っている
教育関係者も少なからずいます。
しかし中学や高校は中等教育機関で、
大学や高専の高等教育機関とは異なります。
私が学生の頃には多かったように思いますが、
一部の先生と呼ばれる方には
「教えさえすれば良いだろ」と言った考えを持たれている方が居ました。
ですがこれでは研究を目的としてたりエリート養成を期待している
学生さん(お客さん)にとっては目的が果たせず困ります。
ですから研究を主軸として研究の技術をわかちあう役割として、
先生方には尽力してほしい、と思います。



質と量とは違うことを知ってほしい。


そうした大学の組織の中で、
組織維持する目的を持たれている方の中には
「(収入を確保するために)とにかく客を集めればいいのだろ」
そうすれば有名にもなるし、レベルも上がるだろうと思っている方がいます。
しかしこれはまったくの誤解で、量と質とは本来相容れないものです。

プライドを捨ててお客さんの量を増やせば、短期的な収入は増えますし
確かに統計的な数値はより正確に出せるのかもしれませんが
そうしたからと言って必ずしもレベルアップを期待できませんし、
長期的な収入を期待することは難しいと思います。
ですから質を上げるには質を上げるための行動を移さねばならぬのです。

例えば大学運営を今後も続けていこうと考えた場合
少子化の煽りで18歳の学生が少なくなったことから
「シニアに向けて開学しよう」
などという行動をとっているような大学があります。
こうした大学は人数を増やすためだけの安易な道に走って
根本的な解決に至っていない、いずれ廃れる可能性がある、と思います。

ですから大学でしたら研究としての質を高め、
続けていく勇気を持つのと同時に
失敗をし、繰り返しながら学んでいくと言った内容重視の考え方
に変えていく必要があるように思います。



大学が専門学校化してる。


と言って内容を見なおそうと考えても組織の力は大きいですから
簡単に変わる、変えることはできないと思います。
すると学生にわかりやすい名前にするように学部や学科名を細分化し、
就職実績を掲げ、
自分の大学の良さがどれだけ素晴らしいかを言う場合もあります。

ですが、これは大学の専門学校化とは言えないでしょうか。
というかこうしたわかりやすさ重視の大学や
就職実績を全面に押し出した大学は
専門学校とどこが違うのかがわかりません。
収入をふんだくるために大学という傘を着て
弱者をいたぶっているように思います。

そういう意味ではいらない大学は早々に切りやめ、
あるいは組織の中がそうして腐っているならば早々に見切りをつけ
新しいマニアックで体系的・論理的学問分野に着手する。
あるいは自分の専門分野と言える部分を押し出せる組織や個人で自立する。
もしくは専門学校との明確な差別化を打ち出す。
これが生き残る道なのではないかと考えています。


そこで振り落とすこと、深めること、許すこと。


また教員や組織運営者として、育てる学生や従業員へは
  1. 専門的な分野で戦い、ついていけないものを振り落とす考えで鍛える。
  2. なぜそのような学部や組織に来たのかなど、内容を深める。
ことも必要になるように思います。

もちろん向き不向きの問題もありますから、
すべてがすべてのひとに等しく適応するということはないと思いますが、
間違いに気づいた場合に早々に進路を変更できるような、
失敗を許すことができるよう、拾うことが大事だと思います。

支えるものとして考えるならば支援を予備として持ったうえで
一線で戦えるスペシャリスト的な人に育ってもらい
まだ見ぬ無数のチャンスのある社会を期待して
不安な中にある世界を生き抜いてほしい、と、そう思います。


それを以下を読んで考えました。
倉部史記 文学部がなくなる日 主婦の友社 2011.3です。


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