成長するということ

公開日: 1/07/2015 感想 大人への条件 読書


  • 子供の気持ちになって考えよう。
  • 相手の立場になって考えよう。

 教育業界ではこのようによく言われています。しかしこれだけでよいのでしょうか。成長するのに役立っているのでしょうか。私は疑問を持っています。そこで、ここでは成長し、大人になるにはどうするかを私なりに考えてみました。


過去を参考にいつでも成長することができる


 昔は夢を見た記憶がある方が多いと思います。私は今でも見ますが、そうした夢も理由を見つけることで現実社会で起こっている葛藤を理解でき、自分の成長に何らかの影響を及ぼしていることはあります。
 現在でもこれと同じように、生理的・動物的に大人になっていたとしても、子供の頃の出来事や過去の事例から改めて理由を考えることで、いつでも成長することが可能だと思っています。


成長に必要なものは客観視


 また成長するためには主観よりも客観が必要だと思っています。大人になるには一つではなく多くの物差しを持つことが必要です。自分が怒っている事があったとしても一歩下がって全体をみる。すると例えばどういう原因で事が起こっているかを知ることができ、物事に対して怒らなくなることもあります。

 かつては大人が良いも悪いもあけっぴろげに出していた部分があり、それを子供が取捨選択し、多くの視点を獲得して行きました。当然選択をすることで、良くも悪くもなる可能性があるわけですが悪しき選択をされても、それを成長の糧として利用することができたと思います。

 現在では悪しき選択は悪と決め付け、予め排除しつつある傾向にあり、「失敗を通して学ぶ」と言った事が少なくなってきているように思います。非常に残念です。


主観的な思想は一方的な考え


 客観的な考え方に対して主観的な考えがあります。客観的な考え方も実は主観的な考え方の寄せ集めなわけで、客観的な考え方を理解するには、主観的な考え方を理解することは重要です。
 この主観とは一つの物差しで見た場合と言え、子供はたいてい主観で物事を考えます。自分を第一に考え、周りが自分と異なった場合に多く不満を抱えます。

 人間は自分一人で考えている場合はたいてい悪い方向に考えてしまう動物で、(悪い方向に考えることでリスクを最小限にとどめようとするため)すると一方的な見方で中立的な物事でも悪い意味で理解してしまうことがあります。

 例えば一方的で独断的な考え方を優先してしまうと客観的に見れば正しくないことであっても正しいと過信してしまったり、資格や学歴を取れば幸せになれる、完璧な答えがあるなどと考えてしまったりしてしまいがちになります。
 ですが完璧な答えがあることに対して、違う視点で見ますと、現実的には最初はそこそこの答えでも時間をかけて答えの不具合を徐々に直していくことで最良(≠最高)の終着点を見つけることもあることがわかります。


限界を知って仲間との協力を学ぶ


 こうしたいろいろな考え方を取り入れる場合、あるいは表現するには言語を用いますが、こうした言語は絶対ではないですし、時代によっても言葉の意味が変わることもあります。そうした意味で形あるものいつか壊れるということを学べます。

 すると、生きることに関しても一人では生きられない事がわかり、仲間を持って生きていく事を考える必要があるかもしれないことがわかるかもしれません。
 そのために相手の話や他者が書いた本などを理解することで、客観視できる、協力することのできる関係を作ることができると考えています。


傷をなめあうだけが仲間ではない


 なお、仲間は大人になってからも重要です。なぜなら現実的な話をして、時に相手とぶつけ合うことで実体験を通して、第三者的な視点(客観的な視点)を持てるからです。

 どうしても傷の舐め合いや同調をすることこそが仲間であり友情であると誤解されて考えられがちですが、時には辛辣で現実的な言葉を交わせる友人も仲間となりえます。流石に毎回辛辣な言葉を浴びせかけられたらへこたれてしまいますが。


豊島の実体験


 私は小学校6年生の頃、親に秋葉原に連れて行ってもらったことがありました。それまで住んでいたところとは違い、ハイテクな街があるんだなぁ、私が生きている世界以外にも作られた世界があるんだなぁと子供心に感動(挫折)した覚えがあります。

 20代になってからは加藤諦三さんの「感情を出したほうが好かれる」という本を読み、親にとらわれずに自分らしく感情を表出してもいいのか、本当の自分でも好く人脈が広がるのかと理解ました。

 何にしても実体験することが重要で、話を聞いたり本を読んで理解したりして自分の立ち位置を認識することが重要だと思っています。


過去の記憶と今、これから


 また過去の出来事や記憶は、上記主観のところでも述べたように、得てして中立的な出来事でも自分の都合の良いよう(悪いよう)に変えてしまっている、曖昧な部分である場合があります。ですからそれを頑なに絶対的なものだと考えたところで、どうしようもないです。

 それよりは現在の不具合に対し根本的な原因を追求する以上にこれからの行動を考えることで、より良い未来を考えられるかもしれません。
 また過去の悪い記憶であったとしても、考え方や見方を変えることで明日への成長の糧にすることも可能です。

 子供、大人問わず、今現在の状態はあくまで過渡期で、死ぬまでは変わり続けられる可能性を大事にしてもらいたいと思います。


以下を読んで考えました。
小浜逸郎 大人への条件 筑摩書房 1997.7です。

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