会社やお金に縛られず自由を謳歌してみては?

公開日: 6/13/2015 感想 出る杭はうたれる 生き方 読書





















 日本文化の根底には母親的な部分がどこかにあり、それゆえ会社や組織に縛られたい、組織に属していることこそがよいことだ、などと思っている話を聞くことがあります。しかしそれは本当によいことなのでしょうか。一度立ち返って自分の本心に耳を傾け、甘えている組織から脱却する意味で「声をあげる」、または「自ら立ち上がる」必要もあるのではないでしょうか。ここではそうした自分の自立する意味や、生きる方法について書いてみました。


日本人の社会は母性的


 日本は母性的な社会だといわれています。福祉をはじめ、教育、労働など、大きなものにすがる。甘えを許す。言ったことも容易に反故にできる、などといったことがあり、それが日常茶飯事行われています。

 それゆえ例えば朝のニュースで占いを見てそれに一喜一憂したりしています。


母性的な社会は使用者にとっていい面があります。


 こうした母親の甘えがある世界は操作しようとする者や使用者からすると容易に操作できる意味でいい世界です。
 警察の違反でも見せしめで悪いものを懲らしめたり、労使裁判でも裁判所はどちらかというと個人の意見よりも信用のある会社の言い分を信じたりします。
 しかし操作される者や使われる者から見ると、例えば国やマスコミが夢ばかり語って現実を一切語らないなどいい世界であるとは思えません。


使用者の価値判断はお金


 こうした社会を形成する手段の一つとしてお金や信用が第一だとする考えを広める方法があります。
 すると例えば使用者、強いものの基準は、大抵大企業、資産家など、信用、すなわち金を多く持っている者で、彼らはますます大事にされます。逆に使われる者はお金のために本来しなくてもいい安請負や危険な仕事をせざるを得ない場合も考えられます。

 しかしこうした状況が続くと、本来持ちつ持たれつで成り立っていた会社活動、社会活動がいずれ成り立たなくなってしまうと思うのです。これは実に残念です。ですからお金以外に価値観を持つことが望まれます。


組織に縛られる必要はない、まずは自分を大切に


 それでは何に価値観を持つか、と考えた場合、周りを見渡すと、多くの日本の会社員は使われる者の考え、いわば奴隷のような考えがよしとされてきています。それが会社員一人ひとりの心身まで浸透しているためか、組織活動をする際に自分よりもまずは会社のことを考えよ、などといわれることもあります。

 しかし私からしてみると、会社や組織のことよりもまずは自分を大切に、自由を謳歌したほうがいいのではないかと考えます。会社や組織のことを考えただけではどうしても疲れ、それ以外できなくなってしまうからです。これは深刻な問題です。

 ですから作業の終わりに話をしたり自分の生活、趣味を楽しむこと。それができないような状況ならば一時的にでも休むことは重要だと思います。


黙っているだけでははじまらない、だから言う。


 また、えてして日本の文化では抗争がおきそうな場合、騒がずに穏便に済ますことこそがよいことだと思われています。しかしそれだけでは相手のいわれるがままになってしまいます。

 確かに自分が判断して行動を起こすより相手に従っているほうが負担が少ないと思われる場合もあるでしょう。しかしそればかりでは自分に嘘をついている意味でよいとは思えません。

 幼少期のひな鳥のように、馬鹿みたいに口をあけて待ってれば母親鳥がえさを運んできてくれるような甘い世界は、本当はありません。同じように誰か強いものの施しをただぼけっと待っているより自ら動く、つなわち、たとええその場の答えが周りと違っていたとしても良心を大切にしたり判断を育てる文化がほしいと思います。


育てられた後に考えられる社会とは


 そうした良心を大切にしたり判断を育てる文化が育まれるとおそらく最終的には自分の得意なことが認められ、実力を武器に社会を生き抜いて行くことができるのではないかと思います。(創業者の社長であったり、フリーランスであったり。。。)

 とにもかくにも今が忙しいと思われている場合には「他人が」ではなく、まずは「自分が」何を望んでいるか、自分がしたいことは本当にそれでよいのか、など一度、考えてみる機会を持ってはいかがでしょうか。

 そうした日常の考えからよい人生を選択できる可能性が今の母性的な日本社会にも探せば実は多く潜んでいると思います。


それを以下を読んで考えました。
出る杭はうたれる アンドレ・レノレ著 花田昌宣 斉藤悦則訳 1994.3です。


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