不安で寂しい人生を生きるには。

公開日: 7/01/2015 「狂い」のすすめ 感想 読書

舞台を舞うくらい楽しんで生きたくないですか?




















私は小さいころから未来や将来を知りたがっていました。
未来や将来を知ることで失敗をしたくなく、また
未来にある不安を解消したい気持ちがあったのだと思います。
しかしそれは意味のないことがわかりました。
こうした失敗をしたくない、
もしくは不安を持ちながら生きるということは、
常に気を張っていることから緊張し、毎日が楽しくありません。
これではせっかく生きているのにもったいないと思います。
そこでここでは考えの見方を変え
不安な毎日をわくわく生きるにはどうするかを書きました。


人生(環境)は不安と寂しさを有する。


そもそも人生は人に理解できるものなのでしょうか。

社会調査でも言えますが、人生は常に一発勝負です。
同じことは二度と起こりえません。
確かに同じ行動をしさえすれば
同じ「ような」ことは起こる可能性は高いかもしれません。
しかしそれでも厳密に言うと前の状況とは違います。
すると、わからない状態が常に続くと考えられ
未来の判らない人生には不安を持ちえます。

一方そのような一度きりしかない不安な人生において、
実は人間は生まれてくるときも死ぬときも一人です。
確かに生まれてからは親や教師、同級生や同僚など
多くの方と接する機会はありますが、それでも
死ぬときまで一緒と言うことはありません。
すると寂しい気持ちも持ちえると思っています。


不安と寂しさの解消のため記憶とつるみ。


上記のように人生は不安や寂しさを持ちえるため
人は出来る限り「知り」、そして「つるもう」と考えます。

日本の教育では何でも知らねばならないと言う強迫感から
記憶重視の考え方となり、 
一方で古くから農耕民族として共同生活していたことから
「皆と一緒」を良し としていると考えます。
すると個性を出すことは恥ずかしく、尊重もされない
傾向になるのかも知れません(ただし高専は別)。

こうした状況が続くと、誰か特権階級を持ったものに対し
その下で奴隷のように仕える生活が善しとされてしまいます。
頭で考えただけで行動はせず
中間層から外れたらのけ者にされて終わりだと考えることから、
常に中間に居ねば、と強迫的になります。

これではいつか疲れてしまい、
また人生を楽しむ余裕もありません。


強迫的に思わない。/自分の気持ちを知り変化期待しない。


そこでそうした悪しき状況を打開するためにはどうすればよいのでしょうか。
強迫的に考えることならば、
ひとつに「強迫的に思わない」方法があります。
さらに考えますと
自分の気持ちを知り、変化を期待しないことも望まれるかもしれません。

自分の気持ちを知ると言うことは自分に正直になる、素直になることです。
今の状態を味わってみると言っても良いかもしれません。
これは強い人に我慢して言われるがまま従えと言う意味ではなく、
自分が今どのような状態なのかを知り、自己主張をする、と言うことです。

また変化を期待しないと言うことは
目先の利益に惑わされず、不安を持って行動することです。
即ち、旅先でしたら無計画に新しい発見をするなどし、
過去や未来がを悔やまず、
今の人生を精一杯生きることが重要なのだと思います。



そもそも現在の日本の教育のように
「皆と一緒が良い」とする考えの裏には
本当は皆は一緒でないと言う考えがあるように思います。
(本当は皆が一緒ではないから「皆と一緒が良い」と言っている。)

そう考えると本来常識と考えられてきたことが
実は非常識であることを考えることができたり
本音と建前が異なる場合においても
本音があるからこそ建前があると考えられます。

つまり平凡な考えがよいように見えていても、
実は誰しも突拍子もない考えを持っているのです。
ですから、分をを恐れることなく、
出すことで他者との共有を図られると思います。

するとわくわくした人生や楽しい人生が
おくれるようになるのかもしれません。


それを以下を呼んで考えました。
「狂い」のすすめ ひろさちや 集英社発行 2007.11です。

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