甘えさせる期限や限界とそれから得られるもの

公開日: 11/19/2015 甘え 教育 自立 日本文化 福祉

甘えさせる限界をもつにはどうしたら























私もそうでしたが
日本の多くの子供が親の経済的支援を受けて
大学や中学を受験、入学、卒業をしています。
これは甘えと言えそうですが、このような場合
親はいつまで、どの程度まで子を甘えさせればよいのでしょうか。
大学に入ったら終わりでしょうか
それとも就職するまで面倒を見るのでしょうか。
仮に子が死ぬまで甘えさせるのであったらキリがありません。
そこでここでは
支援者が支援の程度が見極められない場合どうしたらよいか、
あるいはそうした見極められない気持ちの背景には何があるか、
といったことを書きました。

日本は甘々文化がある。

日本文化は西洋文化と違い甘えを大事にする「なあなあさ」があります。
(甘えの構造:土居健郎 イギリスのいい子日本のいい子:佐藤淑子)
ですから子供を就職先まで面倒見る場合もあるのだと思います。

私も親に入学金や授業料を出してもらって
大学まで出させていただいたので
そうした意味では甘えで生きてきた部分はあります。
ですから感謝はしております。

しかしいつまでも甘えることは
あまり良くないことかもしれないと考えます。
いつまでも期限なく甘え続けさせるということは
(適応上手:永井明 「心の傷」は言ったもん勝ち:中嶋聡)にもあるように
本来自分のストレス防御で対処することをも相手にゆだねてしまう意味で
どんどん自分で出来ることが少なくなってしまう危険性があります。
すると常に柔軟に変化する社会で適応できない、といった
問題が生じることがあるように思います。

ですからそうならないためにも、どこかで線引きが必要なのですが、
私がこうした支援や甘えを提供する場合を考えると、
精神的な余裕と経済的な余裕があってしてあげられるのならば
気のすむまでさせてあげれば良いと思います。
ただしそうした場合親は甘えさせたり支えることに文句を言ってはいけません。
文句を言うのでしたらしたくないのにしているという意味で問題です。

甘々文化はどこから。

そもそもこうした子の面倒をみなくてはならない
”気持ち”はなぜ生じたのでしょうか。
世間の空気に顔向けできないことがあるのでしょうか。
あるいは子供をいつまでも手懐けておきたい征服欲があるのでしょうか。

どちらにしても子が甘えている一方で
親のほうも実は甘えている部分があるのかもしれません。

ですからこうした親御さん自身が甘えている状況であり、
且つそれを打破したいと考えたのならば、お子さんだけでなく
あらかじめ親御さんも
自立する必要があるのかもしれないと考えています。
この自立とは金銭的、経済的な意味の自立ではなく、
精神的な自立の意味を指します。

甘えを与える本来の目的は、精神的自立をすること。

またなぜ人は甘えるのでしょうか。
一つに甘えを提供する側として
「精神的な自立をしてもらいたい」
という思いがあるのだと思います。

そのように考えた場合、単純に考えますと
「全ての甘えをなくせ」
という結論になりそうですがそれは不可能です。
なぜなら皆知らず知らずのうちに
他人に甘えていることがあるからです。

ですから、甘えをなくすというのではなく
上手に「甘えを使う」発想を持つことが重要なのだと思っています。

本来人間は必ず限界がありますから、
必要な場合には甘えた方がよいと思います。
ただし過剰に甘えを持ちますと無闇に甘えたり(甘やかし)
過剰に他人に頼ったり(他力本願)はしてはまずいです。
まさに甘えも化学物質同様「過ぎたるは及ばざるが如し」です。

そこではじめに必要分の甘えを知る必要があります。
そのため親御さんがかつて甘えてこられていなかったのならば
一つに親御さんが、親御さんの親御さんに
とことんまで甘える必要もあると思います。
経験的にですが甘えが満たされ甘え飽きるとはじめて自立できる
と思われます。

翻って自立を支援する場合に必要なものとは。

だとするならば翻って人が人の自立を支援をする場合には
支援者としてはどういった心や態度が必要なのでしょうか。
私は相手の度量を認め「待つこと」が必要なのだと思います。

そのため普段から話をする必要があると思います。
もちろん時と場をわきまえる必要はありますが
話をして対等な関係を結ぶことで
相手が何を望んでいるかがわかり
何をしたら満足か見極められるようになると感じます。

また「無い」ことは「無い」とあらわす素直さも必要です。
プライドや体裁を見繕って「無い」ものを「ある」といっても
結局無いことには変わりませんし限界は必ずあるものです。


福祉提供者として利用者さんの自立を支える場合にもいえますが
「待たず」「限界無」く提供していますと
相手が自分であると勘違いしてしまったり
自分の無力さに無力感を感じて燃え尽きてしまったりしてしまいます。

ですから自分の出来る限りで相手の求めることを満たすことが重要
なのだと考えています。


なお、そうした話をする場合
相手との精神的な距離が近すぎて恥ずかしい場合があり
その恥ずかしさに支配されて話をすることのできない場合があります。
そうした場合は専門家さんを使う方法もあります。
しかし専門家さんを使う場合には
十分吟味し自立を促してくれる人を見極める必要があります。
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