会社で研究者になる場合における大学院卒の資格

公開日: 7/28/2017 研究開発 高専 就職 進路 大学 大学院 転職 理系

大学院って行く必要あるのかな?

















工業大学や理科大、高専、総合大学理工系学部など
理系の学校を出て研究者として仕事をしていく場合、
通常大学院を出ていたほうがいいといわれています。
確かに研究のプロセスを洗練させる意味では重要と思います。
しかしたとえば研究職として就職するために大学院に行くなど
そうした場合に本当にお金を出していく価値があるのでしょうか。
私はないようにに思います。そこでここでは大学院に行く意味と
その試験について疑問を持っていることを記したいと思います。


大学や大学院は何のためにいく


私は高専で化学(専攻は有機)、大学で微生物を専攻していて
高専から大学にいくときには、分野の転向を目的としていました。
有機化学をもっと広く見ていくと生物学につながると考えたからです。

それゆえそれなりに大学にいくための勉強をしていたのですが
入学後は専門科目の内容についてはなんとなしに理解はできました。
そうした専門科目を知れたのはもちろんよいのですが、それ以上に
私は大学に行くことで私よりも周りには格段に経済的に裕福な方ががいて
また、多くの方が私よりも頭がよく、
結果を残す力も格段にあるように感じました。

そうした意味では大学に行くことによって、
井の中の蛙を知れた意味で
専門知識の広がることはもちろん、
上には上がいる意味で
貴重な体験を得ることができました。

しかしそのような考えや得られるものを考えずに、
高専から大学に行く人、あるいは
大学から大学院に行く人がいます。


社会の研究者は大学院卒を求めている?


具体的には理系の大学や高専に通われている方の中で
その中でも特に研究者になろうとしている方がそれです。
もちろんすべての人がそうであるというわけではありません。

若者の半数近くが大学に行く現在、
そうした大学卒の方々と差別化を図るため、
会社で研究者になることを考える場合、
多くは大学院卒の資格が求められています。
確かに研究というものの考え方を洗練させる意味では
大学院にいること、その資格をとることは重要です。

しかし場合によってはよろしくない研究室に入ってしまうと
その研究室の先生の考え方がそのままコピーされてしまうこと
あるいは大学院の研究が社会に出ても生きないことが多いこと
を考えるに、研究者になるために大学院に行くのでしたら
私は疑問を感じます。

それに研究者に向いていない人もいることを考える必要があります。
私をはじめ多くは高専五年間や
大学四年までの間に気づくことだと思いますが
中には研究という仕事が本当は向いていないのにもかかわらず
それまでに数学やその専門分野の勉強で好成績を修められたから
たまたま大学院に行く、とした方もいると聞きます。
そうした場合は不幸です。向いていないかもしれないもののために
年間何十~何百万という費用を支払うのですから。


大学院に入るための勉強についても疑問


また、特にほかの大学の大学院に行く場合において
自分の実力はこんなはずではないと思い、
偏差値のより高い大学や、
日本で一番入るのが難しいとされる東京大学にはいるため、
何ヶ月もそのためだけに勉強している
(俗に言う学歴ロンダリング)方がいます。
しかしこれも私にとって見ると
果たして意味があることなのかも疑問です。

何ヶ月も勉強して
(しかも大学院入試のための意味のあるかどうかわからん勉強)
普通に大学から大学院に入る人たちに
ようやく見合う学力になったとしても
いざ入学してから、その人たちとの頭の良さに追いつくために
常に勉強し続けなくてはならなくなるような気がするからです。

それだけ無駄な大学院入試の勉強をする余裕があるなら
自分の分野の研究論文を一報でも多く読み解いて
自分で論文を書くくらいの実力を得たほうがよいと思います。

ただ、大学院で学ぶ場合、世界の論文を読み解いたり
論文を投稿する際には英語で提出する必要がある以上
英語や専門は知っておいたほうがよいにはよいと思います。

それにしても基本的に英語と専門(場合によっては数学)
といった普段やってればたいてい身についていることを
ことさら大学院入試のためだけに時間を割く意味がわかりません。
そうした無駄なことに長時間費やしている方は
それまで(大学なら4年間)の間、何をしてきたのでしょうか。
そんなのに時間を割くだけ無駄なのではないかと考えています。

なお、私の高専の学生時代は私のほかに
同じ研究室のメンバーは2人いて
彼らも私同様2人も大学に行ったのですが、1人の方が
大学入試のためだけに何ヶ月、何年も勉強しているのを見てて
何でこの人は無理に学力を高めようとしているのだろう
と疑問に思いました。


会社から求められる役割


そうした大学院を卒業してから
研究者になりたいと考える人の中
研究職を目指す人の中には
普段から研究しているからこんなもんならチョロい
という考えや
営業とかは苦労するってよく聞くから研究でええわ
といった姿勢があるかもしれません。

確かに研究室単位で産学連携からコネ続きで
入社できる可能性を有している場合
大学院時代にしていた研究をそのまま仕事として
継続できることがあるかもしれません。
そしてコネがあるかはわかりませんが
年ごとに産学連携の件数は増えていると言えます。
しかしそのような研究室の研究がそのままでき
かつ会社に入社できるなどという例は
全体の研究件数に比べると非常に少数であると考えます。

とすると、多くの研究室の研究が生きず
営業に近い研究や、私がかつてしていたように
生産に近い研究をする必要もでてくるだろうと考えます。

一方で研究という「ひとつの事象に徹底的に調べること」
は重要で、それを知っているがゆえに
売り出すための話法を考え付いたり
どこまでわかってどこまでがわからないか、
といったことを言えることから
営業で大成する場合もあります。
そうした意味では研究のノウハウを生かすことはできるのでしょうが
研究成果が必ずしも生きるわけではありませんし、
生きる保障もありません。

そもそも会社の場合ならば、研究費を稼ぐよりは
まずは利潤を追求することが求められます。
研究はあくまで余裕があってなされるものです。
ですから 、ずっと消費し続けの研究者は好まれません。
そのためには配置転換を余儀なくされることも多いです。
とすると、研究者になることは通過点ではあるかもしれないけれども
決してゴールではない、と考えられます。

加えて実際ほかの部署の仕事をしてみたら
研究よりもそっちのほうが興味深くなる可能性もあります。
ですので最初から研究以外は向かないはずだ、
と考えるのではなく、まずは経験してみてから
向いてる、向いていないを判断する
といった心の余裕を持つことが大切と考えます。

さらに見方を変えて、会社側からすると
高学歴な方を採用しようとする場合
より高給を支払う必要が出てきます。
そうした支払われる給料に対して
見合った働きをしてくださればよいのでしょうが
期待される見込み量が大卒のそれとは大きく異なり
成果を期待されるプレッシャーに
耐え続けることも必要となります。



肩書きや学歴以外に自身の持てる部分を持つ


以上から
研究者としての考え方は役立つかもしれませんが
それがそのまま生きるということはない、
すなわち自分の思い通りにならないことが多いです。

しかしそうしたことに落胆するのはもったいないとも思います。
ですからそうした理不尽にあっても
何とかする意気込みを持つため
たとえば研究をどう生かすか、であるとか
どういった研究成果を残したか、であるとか
を考えておく必要がある気がしています。
そしてあくまで研究者は通過点として認識し
それまでに目の前にある課題をクリア
実力をつけておく必要がある気がしています。
小さな会社でしたらないかもしれませんが
ある程度大きな会社ならば部署移動ができます。
そうした制度を利用して、必要なときに
研究者になりたい意気込みをアピールするのです。
すると最初は研究者でなくても
最終的には研究者になれる可能性があります。

大学院の受験勉強に関しても
付け焼刃で勉強せざるを得ないにならば
そうした普段からの勉強のしなさ
実力のなさについて認め、あるいは
それを恥じたほうがよいと思います。
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