自然界で生きるために必要な「思想」

 わたしたちが自然で生きるために必要なものは何でしょうか、わたしは思想が一つのよりどころになるのではないかと考えています。例えば自然の中の一部分を科学という思想で切り取ってそれを扱うことで、より便利に良くなれる可能性があります。また人と人とが密に接する組織という場面では、お互いの思想をかけ合わせることで一人ではできない目標が達成できます。そこでここでは思想の形を三つ取りそれぞれ示し、その中でも特に良くなるかもしれない思想を使った場面を記してみました。

 

私たちを取り巻く自然環境とは

 日本はどちらかというと多神教な国であり日本語で十分生活できる強い国だとわたしは考えています。その背景には過去の江戸時代の思想が大きく影響していると考えられ、特に武士道や近思録などが大きな影響を及ぼしていると思われます。これらの思想は現在でも難題が発生したときなどに問題解決の手段として有効に使える道具です。ですので過去の思想や文化や母語を学び使えるようにしておくと、現在の状況観察から思想と環境を融合させることで対処ができる意味で重要と考えます。

  また今日、日本人の多くは恐らく科学をかつての思想のように多くの場面で活用していると思います。もちろん自然を科学で全て解明することは出来ないのですが、ただそうした科学の思想を持って使えるようになると、一部では無暗に動物のように殺し合わずに済みます。そして多くの方が崇拝している「科学」を信じる立場にたちますと、わたしたち人間の身近で重要な化学物質としては水があります。この水は電気分解することで水素と酸素に分解することでき燃やすことができる意味で価値の高いものだと思います。また一方で水に限らず、札幌における歩道信号のひさしや八王子における畑の活性化や絹産業による商業の発展など、現在人間は自然をより暮らしやすい形で使用している現状があります。過去にはこれら自然を味わって利用してきたことがあるように、現代の私たちも既にあるこれら自然を味わい使うことで需要発掘やビジネスチャンスにつながりそうです。

 ところで現在自然界で生きるわたしたちにとって視座を広げますと重要なのは組織と思われます。なぜなら人が複数人集まり組織を形成することで、一人ではできないことができるようになるからです。作られた組織では組織の中の人々をお互い違う「仲間」と考えることが重要と思います。そのためには事業拡大する人と事業を作る人とは違っているなど、それぞれの良いとこを掛け合わせながら協力するということが重要になるかもしれません。それを実行に移す際人を見極めることが必要になりますが、その時に多くの方はどうしてもどれだけ続けているかといったことやどんな資格があるかといったこと、即ち過去の経歴を多くは重要視しがちです。しかしそれらはあくまで参考程度に考え方を過去から未来にむけ、相手を先行投資して違いを育てる価値観を持てると良いかもしれません。

 

自然における情報としての取り扱い方

 わたしたちは常日ごろ無茶苦茶な自然の世界に居ますが、その無茶苦茶な自然界の中で価値があると思われる情報は多くあります。古くから知られる情報の多くは早く仕入れることが大切と思われていますが、それだけでなく過去の古い情報から独自性を見出すことで新たな価値を生むこともまた重要だと思います。そしてこうした過去の情報から独自性のあることを見出すこと、見出された情報が機械化がより進んでいる現在、今後大きく貴重な存在になると思われます。


 そのためにはものごとの捉え方を変えて、つまりは物事の二面性を意識するとよいかもしれません。例えばブラック企業の環境下においてもホワイト企業のような要素を見つけるとか、あるいは人と接する場合においても内面の良いところを観てその良きところを他の人に宣伝できるようにするとか、です。さらにそうして得られた良いところを論理的な概念や解釈をつけることで、それが起こった場面だけでなく、別の問題が発生した場面においてもアイデアとして活用することができると思われます。

 

情報から考えられる思想の三種類 

 なおアイデアや考え方には大きく分けて三種類あると思います。それぞれ

  1. 一般的な普通だけども悪くなるかもしれない考え方や状態
  2. 奇抜でおかしいけども良くなるかもしれない考え方や状態
  3. アイデアや考えの概念がない動物的な状態

です。

 1.は一般的な普通な考え方と言えます。自由のない社会主義や共産主義的なつまらんさせられ環境と言えるかもしれません。つまり自分を滅してでも気に入られたい気持ちや自信のなさがあり、勇気もないので行動もできず過去のことばかりに執着すると思われます。勝負をするにもどうしても楽して勝とうと意識しますし、勝つためにはどんな汚いことでもするという面で良悪両面あります。その割に過剰に持っているため暇ですが論理的に考えられます。どちらかというと育てる思想を持つことができません。公務員や会社員のような方の考え方と言えるかもしれません。デマの呟きや2ちゃんねるなどの悪い情報も叩くために積極的に流します。

 2.は1.の逆です。自由を主体とした民主主義的な自分主体な環境と言えるかもしれません。己の気持ち良いや楽しいを主軸に取り自信をもって勇気をもって行動することができます。例えば自分にとっての不得手を他の人に渡したり、自分が悪い気持ちにならないことを選択ができると思います。そして未来を中心に考えるのでたとえ失敗したり負けたりしても辞めない限り良くなり続けられます。暇でなく人間は本来非論理な心を持っているためそれを使えば育てられます。こちらは起業家のような考え方と言えるかもしれません。いい情報を流し続けられる意味で誠実さは持てるかもしれませんが、行き過ぎてしまうと場合によっては「していることで死んでも満足する」といったおかしな考えを持つこともあるでしょう。


 3.は思想がなく現在しかないので殺し合いになります。

 

 どの考え方も一長一短ありますし、人間は不合理な生き物なので全ての考えを持っていることも考えられます。ですので必要な時に応じて、それぞれの考え方を選択できるようにしておくと良くなることができるようになるかもしれません。

 

2.の思想を使った場面

 特に2.における思想を使うことで活用できる面は二点思いつきます。

 一つ目は環境の整備の場面です。たとえば現状喫茶店などの空間を売る仕事では大体1時間程度の滞在が通例として考えられているそうです。しかし一方お客さんの何時間でも居ていいような喫茶店環境を作り、満足に応じた寄付形式で費用を募ればその場面は無理だとしても後々稼ぐことができそうです。

 二つ目は他者との協力する場面があります。一般的に人と人とが接する仕事のある場合、したいことしたくないこととは出てくるものですが、相手にとってしたくないことを敢えてご自分が積極的に取ることで相手にとっての牽制をすることができます。特に未経験なことなら行動することで思ってたんと違ったということもあるでしょう。さらにそれで思ったような成果が得られなかったとしても、今度はそれから「相手の強さを認める=自分の弱さを認める」ことで自分と相手のお互いの強さを掛け合わせられると思います。その際人のどんなところが強いかを知るため適切に聴くこと見ることが重要です。相手のことを適切に見たり聴いたりするためには例えば主張の集大成と考えられる読書を例にとりますと、適切に書けるようになることや適切に読むことができるようになることが重要になるように思われます。

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