免許更新と精神疾患

 先日、免許の更新に行ってきました。そこで、なかなか精神疾患の理解についてなされていないことに疑問を持ちました。間違ったことを間違ったまま公の目にさらすとさらに悪い方策を打ち出しかねません。これは問題だと思っています。そこで特に今回はここでは精神疾患に関する免許証の取り消しについて書きます。

 てんかんはかつて栃木県の事故京都市四条通の事故などを通してマスコミに報道され、運転する際に危険な病気であると認識されるようになりました。四条通の事故は当時ちょうど一乗寺に住んでいたこともあり、事故付近を2~3日後に会社の車で運転する機会があったため見に行ったところ、多くの花束があったような気がします。
 こうした大々的に報道されることで病気について認知がなされることは良いことなのですが、間違ったまま広がってしまうと変なことが起きます。例えば免許の交付、取り消しについて行われる場合がそうで、免許を交付するほうが責任を負うことが問題視されたようです。
 しかしこれらの記事の共通点としてあるように結局のところ本人が会社に言わずに判断したところも問題点として考える必要があると思います。つまり会社側と本人との関係について十分考慮されていなかったことのほうが免許を交付することよりも大きいことのように考えるのです。
 くしくもその時期にテレビで大々的に報道されていたことから「てんかん」と言う病気が凶悪で危険なものとして認識され、行政が動いてしまったことは残念でなりません。本来ならば薬を飲んで安定すれば全然問題ないのに。

 また認知症も近年では事故件数が増えてきています。これはデータからも言えて、そのために75歳以上の運転者の場合は認知症の検査を行い、認知機能の低下がなされているならば運転免許証の返納を強制的に行ったり、あるいは医者の診断書で認知症ではないと判断されないかぎりは車には乗れないといったことも起こるそうです。
 しかしこれは国と言う公の機関が一人の個人の自由と言うか行動を締め付けてよいものかという疑問があります。警察署では高齢の方に対して免許証を自主返納を頼むことはあるようです。しかしこれはあくまで本人の裁量に任せることであり、免許センターや交付側が個人のことまでとやかく言える筋合いがあるのかなと思ってしまいます。

 さらに一番問題なのはこれらと精神分裂病、すなわち現在で言うところの統合失調症でさえも免許取り消しの対象になっているということです。



 今回の違反者講習において講師側としてはこれについて何かを言うこともありませんでしたし、何も説明されずにこの文章のとおりに考えるならば統合失調症がてんかんや認知症と同じように運転できないほど危険な病状であるかのような印象をうけるかもしれない(それも間違っているのだけれど)と思いました。うまく薬剤の調整しさえすればそんなことないのに。
 講師の人もよくわかっていないのか、取り消しになっても治ったら再取得することができると言うことを言っていました。しかしツイートにあるようにそれだと分裂病の人は一生免許を取得できない可能性があります。
 精神疾患が治るか否かと言う問題はそれはそれで壮大なテーマになると思います。ですのでここではそれほど断定することはできませんが、私は再取得する場合において講師の言葉として「治ったら」ではなく「寛解したら」にしていただきたいと思います。
 3年前は京都の試験場で免許更新をしたのですが、そのときには講師の人は寛解といっていたと思います。地方の一試験場でもまともな講習しているのに日本の首都である東京の試験場がこんな雑な講習しかしていないとなると残念でなりません。

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