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良い循環に他は必須

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   難しい世の中で気持ちよく生きるには、他からの影響を受けながら、柔軟に、そして好ましい循環を持って生きることが大事です。そのことについて書きました。 世 の中への対処  世の中は時間とともに変化します。その変化する世の中で生きるにはどうしたらよいのでしょうか、成功の法則はあるのでしょうか。考えます。 必 要なのは柔軟性  先に結論を書きますと、何にもありません。ですから決まりや法則を持つことが間違いです。すると、時間の変化に合わせ柔軟に生きることが大事なことがわかります。また、好き嫌いを基本とし、個々人の感ずることが大事だと思われます。 良 くなる流れ  成功法則は無いものの、流れはPDCAのサイクルでよくなるようです。 図1.良くなる循環 他からの影響は必須です。 (P)プランとは、少し高めの目標設定をもち、緊張感を持ちます。 (D)ドゥーとは、素直に状況を感じます。五感を使い、多く接します。状況を認めます。いやらしいこび、へつらいはしません。人と人との関係では依存から関係を使います。悪しき状況には待つ姿勢を持ち、良い状況には前に出ます。 (C)(A)チェック・アクションとは目標の達成や不達成に関わらず反省をします。また揺れない心、平常心を保ちます。 他 からの影響  こういったPDCAの流れで世の中が動いているのを見ると(D)ドゥーの場面で他からの影響を受けてることがわかります。それを認識できると、他を大切にするきっかけになるかもしれません。 それを以下を読んで考えました。 桜井章一 負けない技術 講談社 2009.9です。

実用で使えるかもしれない10の数学

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本 当に数学は必要です。  「数学なんか使えねえ」「数学って意味不明で解らない」という言葉を小学校、中学校、高校、大学でお聴きします。お好きでない方も多くいらっしゃるでしょう。  多くの方が嫌う数学は避けたいもののようですが、実は社会で役立ちます。斎藤孝さんの「退屈論」でもおっしゃているように、単純な計算が出来ることで頭の体操になることは勿論ありますが、それだけでなく、話の論を読み解いたり、概念を理解したりするのに役立ちます。ですから知っておいて損は無いと思います。  そこで私はここで数学の有用性を書きます。これまで嫌いだった方も数学に興味持っていただければと思います。 教 育方法に問題があるのかも知れない。  まず、私は日本の教育方法が変だと考えています。なぜか、それは実社会との関連性を年齢が高くなるまで教わらないからです。今もそうなのかもしれません、少なくとも私の生徒時代はそうでした。  全ての教科が繋がることの知ったのは大学4回生で論文を作るときのことです。今考えますと教員さんは社会に出ていることもあまりないのでしょうし、自分の教えている教科がどのように役に立つのかまで教える時間が無かったのかもしれません。  しかし、実社会に出た私は今、役立つ教科が数学であることは容易にわかります。ですから、数学をあくまで「理解する」意味で、その実用的な部分を知ることは重要だと私は考えています。ここでは実際どのような場面で役に立つのか述べます。  ちなみに私は生徒時代数学よりも社会を勉強する意味がわかりませんでした。年号や世界を覚えたからといって何の役にも立たないだろうなと思ったからです。そら国の首相になったり、グローバルビジネスを大きく展開していくのならば大きく見る目は必要なのだとは思いますが、それにしても時間が少なすぎます。また、歴史の授業で年号を覚えることがありますが、それ以上に事件が起こったきっかけや人の気持ちを筋道立てて話してくれるほうが役に立つのだと思います。ただそのような広い目で論理立てて話す先生は日本には少ないのかもしれません、残念です。 実 社会における数学の必要な場面、重要な順  おかしな順番かもしれませんが、個人が利用できる部分と、管理者が利用できる部分とにわけ、それぞ...

イライラ・ブスブス

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 イライラが世の中にたくさんある気がしています。これは時代の流れ、自然の摂理だといえばそれまでですが、どうせ生きるのであればこれを減らし、楽しく生きたいです。そこで今回は個人、集団で楽しく生きる方法を書きます。論は集団のキーパーソンを見つけ、「好き」を大切にすることです。 いらいら世の中  どことなくイライラしている人はいます。それは老化しているからかもしれません。老化し放っておくと、ますます老化します。またそのような方々は友を呼ぶように集まります。嫌な気持ちが増し、自分も相手もより嫌な気持ち・嫌な関係になります。  他人はともかく自分がいらいらしいてる場合自分の傾向を知ると、楽しく生きられます。また相手が自分を認め合え、お互いがお互いを褒めあえる社会ができます。  そこでここではそのようなよい社会を作るための方法を書きます。 イライラの中身  誰でも一瞬の妬みや嫉妬、すねは持っています。これは思い込みで、悪い感情をコントロールできていない状態です。身近な例では・外面のいい人が不機嫌をためて「なぜわからないの」と怒る。であったり・本当は好きなのに、嫌いといったりする。ことがあります。これらは前頭葉の機能が低下し、想像力を失っているため起こります。そこで非のあるときは非を認め、切り替えることで前頭葉を鍛えます。   集団での感情  我々の社会は多くの人たちが集まっています。そのグループの中心人物の態度や気持ちが感染しています。ですから中心人物の感情がうまく処理されることが重要です。 その中で中心人物が悪い考えになると  1.思い込みや誤った解釈をします。「やめとけ」「いまさら」といった気持ちから行動するのにも腰が重くなり褒められても素直に喜べません。成長にブレーキがかかります。  2.完全主義を持ち、こだわります。特に極端に白か黒かで考えることは柔軟性が無くなりいつでも基準が満点にあり常に赤点を取っている気持ちとなります。嫌な気持ちです。  これらが「成長したい気持ち」や「好き」を持つことでお互いがお互いの思いやりが育ち、良い考えになります。 一方中心人物が良い考えになると  1.状態を管理できます。話をして反応パターンを知り、お互いの心のゆがみが取れます...

情報発信者・拡散者の責任

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 報道関係者や記者と聞いてどのような印象を持ちますか。私は以前新聞記者さんと話していて、ぐいぐい押し迫るような気、何か言わされる雰囲気を強く感じ、悪い意味で驚きました。また、彼らは当人の前では平気で笑顔を振りまきますが、うってかわって裏ではぼろくそに言ったり書いたりします。それを知ってからマスメディアの人は信用ならないなと思いました。仕事とはいえ、相手のことを考えられない、一貫性がないのは相手にとって失礼なことなのだろうなと思います。 メディアの存在  変な正義感や野次馬根性を持って取材する記者は居ます。その人たちは知らず知らずのうちに、もしくは知ってて意図的に犠牲者を生みます。ここでの犠牲とは何か、他人の築いた信用をメディアが崩すことです。  そのひとつとして、罪を被る場合警察は敵となることがあります。本来なら真実を言えば警察は守ってくれそうだと思いますが、摘発率向上、事件の迅速解決のためありもしない執拗な自白が迫られたりします。  たとえ無実であったとしても、容疑者として警察発表があることでそれをメディアがたきつけ、大々的に報道し(報道)被害の出ることがあります。  これが起こる背景にはメディアによる警察へのストーカー的な夜回り、密着も原因としてあるようです。執拗に警察の日常生活を追いかけ、情報を得ようとします。またそうすることで警察からの情報に依存し、警察に記事を「書かされる」こともあるようです。  今はわかりませんが以前の朝日新聞では良識を持っていた方もいて、疋田さんという方が、警察の情報を疑え、として記録していたそうです。  報道なんて自分のこととは全く関係ないわ、などと言っていられません。メディアによる報道被害はいつどんなときに身近なこととなるかわかりません。被害を防ぐために 弁護士さんがメディアと被害者間に入って仲裁や訴訟 を行えます。問題が起こったとき、起こる前にも手段を事前に確保することは重要です。  被害が起こると、真実の自分とメディアによって作られた自分との違いを周囲に弁明をする必要があったり、家族が被害に受けられた場合、ショックで言葉も出ない場合でもメディアにより執拗に感想を聞き出だされたりし徒労します。  メディアが競争を持つことは悪くはありませんが、やりすぎな...

損を自らとることと希望を持たず諦めることは大事

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   「損は買ってでもせよ」先日私の祖父母宅に行ったときにも言われました。確かにその通りだと思います。ですが“嫌がおうにも”という点に限って言えば、私は疑問を呈します。なぜなら自分の人生を犠牲にするのではなく、あくまで自分は自分の人生他人は他人の人生と思っているところがあるからです。ですから自分の限界を知った上で自分の意思で損を得て、現実問題へ対処する方法もあると考えます。 他人と自分の価値  皆さんは常識を気にしますか、常識とは「見えない世間の良識」です。先日はセンター試験があり、平均点がどうだといわれています。しかしこうした平均点でなくとも、勝ち組・負け組と判断したり、恋の告白は男からするものだったり、常識は広く蔓延しています。これらは世間のものさしです。周りはそれを押し付けます。  それに対して、自分の気持ちはどうなのでしょうか、自由になることから自由であることを考え、束縛から解放を望んでいるのではないでしょうか。それについての方法ををここでは述べます。  世間一般としてお金持ちになったら自由になるものと考えられますが、実際お金持ちはなるとそれはそれで気持ちは縛られます。ですので極端に言うのならホームレスなどの方のほうが自由なのかもしれません。そのようなホームレスのような方の自由を持とうとした場合、出世というとらわれからの開放や、諦めを持つことが成功と考えられます。これは反省しても仕方が無く、一瞬を大事にすることで身に付きます。  具体的には1)良くしたいと思うことが良くしなければなないと思うことに勝り2)問題を放っておくことで見出すことが出来るのかもしれません。 行動指針として  安直に気持ちや結果を求めようとする方、もしくは理由が無ければ行動できないと考えている方が居ます。さらに自分だけを得を得ようとしている考えをもたれている方、加えて布施は恵むことだ!と勘違いしている方が居ます。  それは全て共通して寂しいことです。それに対し、自分として「損」の得ることは重要です。  1)損をすることに意味があり尊く、悪役をも好まれます。引きこもりでもそれでいいのです。安心がえられます。また得ないことも本当の布施です。  2)問題を放っておくことで、「考えること」を考えないことを学...

事実を見る アトピービジネスから

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 原因や方法がわからない場合、責任を取ってくれそうな人や組織を探し出し、それの指示やいっていることに従って判断や行動をします。過去のアトピー性皮膚炎への治療でもその傾向があり、メディアにのせられ科学的根拠の無い民間療法が隆盛しました。これはひとえに事実を見誤ったからだと思います。ご紹介する件から、真実を見る目の大切さがわかっていただけると幸いです。 わ からないことへの対処の実例  わからないことが多いです、わからないことが多すぎます。しかし、だからといってわからないことを自分で確かめもせず、素直に信じてしまうとどうなるのでしょうか。ここでは一時期大きな問題となった「アトピー性皮膚炎」への治療をとりあげ、どうなったのか、みようと思います。 研 究途上での医療の混乱  アトピー性皮膚炎とはアレルギーと似ていて、ただれやかさぶたを伴うものです。これが起こる原因は二つあります。1)遺伝要因と2)環境要因です。心の治療が不可欠になることもあり、長期間治療が必要な場合があります。  これは一般的にステロイドを用いることで克服可能です。ステロイドは50年以上の使用実績があり、症状をコントロールできます。全身投与のされてきたこともありますが、現在では局所投与のものも開発されています。  ステロイドでアトピーの悪化のすることは実際にも理論的にも無く、その部位によって強さを変え、症状がほとんど出ないでおさまるそうです。誤った方法を取らなければ副作用は起こりません。なお、誤って使用した場合には 血管が浮き出て赤ら顔になること。 とびひやにきび、たむしなどの感染症になりえます。 また小児では90パーセントが中学校程度で消失、即ち自然治癒もしえます。  なお、日本ではステロイドは薬局で買えます。ですが使用方法などを考えると皮膚科医の居るお医者さんで使用量、方法などを習ったほうが良いようです。欧米では医者の処方箋がないと買うことが出来ません。  以前は原因も対処もわからなかったことから、治療において混乱がありました。原因や対処がわからなかった意味では統合失調症と似た部分があると思います。なお、統合失調症をはじめとした原因がわからない精神疾患は対処法が確立されるまで国でさえも 私宅監置 をしていましたが・...

甘えとは何か。

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 多くの感情の元には「甘え」があり、それは日本独特な言葉です。これが 転じて「わび」「さび」「あわれみ」などを感じられます。これは母性的な感覚で、日本人の集団性を形作っているものであるとも考えられます。そうした甘えを知ることで、他人や自分の感情・気持ちや行動をわかるかもしれません。 甘 えという日本人独特なものがあります。  日本人の特有な感情として「甘え」があります。甘えは日本語独特なもので、依頼心の肯定的なものです。もてなしの気持ち、察する気持ちがこれに該当します。どこか被害者的意識があり、甘えと意識が密接な関係を持ちます。  それがこうじてかつて 全共闘(学生運動) が起こりました。本来加害者のはずの学生が、被害者的な意識を持っています。背後に甘えたくても甘えられない葛藤があるようです。  これに異なるものとしてアメリカを含む西洋の考え方があります。キリスト教では「神は自ら助けるものを助ける」とした考えがあるため「甘え」という言葉はありません。どんなに小さなことでも選択する必要があります。  普段「甘え」を意識することは無いと思いますが、精神医学を学ぶ上で人の感情はどういう状況からできたものなのかと考えることがあります。そのときに、「甘え」が大きく意味することがわかります。ここではその甘えは何かと述べ、甘えのできる原因のわかることで良い生き方をする、もしくは人生の再体験をする足がかりとなるかもしれません。 甘 えの形  甘えは親子の関係で見られるものです。これが欠損すると、ひがみ、気兼ね、わだかまり、照れなど非常に多くの問題を表出することが知られています。  甘えの肯定として人情があり、その関係を維持する目的で義理があります。親子関係の間では基本的に人情を返したりはしません。他人行儀と映るからです。  一方他人には甘えを意識することなく、無視できるなら無視します。ただし無視できない場合は無理やり同一化しようとします。同一化しようとした例として明治政府は海外の技術を短期間で取り入れてきました。また2次世界大戦後でも、欧米に追いつく目的でそれまで東京帝国大学では技術的な授業は英語でしていたのにもかかわらず、わずか10年で日本語に読み替えし、日本語の授業としたという、逸話があります。  これは海外のキリスト教のような...