今日の仕事場 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 8月 27, 2013 よい天気だったので外で仕事の準備をしました。 日が出ているうちはあつくて何もする気が起きませんが 夕方になると時々ふくそよ風が心地いいです。 息詰まった場所でし続けずともたまにはいいのかしら、 何て思ってます。めりはり、大事です。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
精神保健福祉士の実習 指導者が必要なもの5 細かい考え、コメント 1月 30, 2015 実習指導において指導者側が気にする方法を書きました。①計画の策定と②実習生自身の波長合わせです。更にPSWとして活動する場合において、その職務は何たるか、どのような考えを持ったほうが良いのか、加えてコメントをする場合における注意もここでは書いています。 利用者さんは人あっての精神疾患 長年精神障害を患っているお客さんを見ていると目が曇るのかわかりませんが 指導者は利用者さんが病人である前に人間であることを考える 必要があります。 そして なぜ、誰のため、何のため自分は仕事をしているのか 実習中、そして実習後、更には働いてからでも少なくとも一度は深くじっくりと考える必要があるのかもしれません。 それを実習生とわかちあい、ともに考える機会も私は指導者の実習において必要になると考えています。 こられた実習生は何回目の実習か そうしたことをあらかじめ理解したうえで指導の一部分、実習というものを考えてみます。最近の実習は、病院と地域での二箇所でなされています。 ですので実習にこられた実習生がそれぞれ何回目の実習で来たかによって指導するポイントが異なるのだと思っています。それぞれ具体的には 一回目の実習ならば二回目の実習に活かせられるように支援する。 二回目の実習ならば一回目の実習を思い出す。 ことが望まれるように思います。 実習生との接し方 マネジメント でも記したので繰り返しになりますが、事前訪問を通して施設側のバイザーとの関係を作ります。その際、必要となることは、①計画のすり合わせ(前々回で紹介)と②実習生と施設との波長合わせです。 施設側と養成校側との計画をすり合わせる段階においては計画が施設側、養成校側とで異なった場合、通常どちらかが折れねばなりませんが、どちらかと言うと養成校側が折れるのが正しい気がします。なぜなら 実習先は養成校の体験の場ではなく、 本当の支援の現場 だからです。 また波長合わせの段階において「NOと言えない人をNOと言わせるようやさしく接する。 実習生を丁寧に扱う」のが重要(これを「甘やかす」と表現します。)と言われますが、私はそれは実習生が自立してもらう意味でも利用者が自立してもらう意味でもそれが必ずしも正しいとは言えないと思い ます。 なぜ実習生... 続きを読む
理系と文系とにおける論文作成方法の違い 1月 07, 2014 説明文はある程度の型が決まっています。その型がわからずに説明文や論文を書いた場合、相手に自分の書いた文の内容を理解してもらえません。こうした理解してもらえないことは相手に自分の主張を伝えようとしている場合には問題です。改善する必要があります。そこでここでは説明文や論文の要素や形を確認し、理系と文系とにおける、論文の書き方の違いを示し、どうしたら良い文が書けるかを考えます。 世には説明文がたくさんある。 世には他人の作った文がたくさんあります。書物や新聞、論文といったものがそうです。これらは物によって書かれている内容はまちまちですが、説明文や論文に限った場合は、書き方にある共通点があります。 理系と文系とでは一見文章の作り方も違いそうですが、結果的に出来る文は同じです。そこでここでは文の基本的な形を示しながら、理系と文系とで文の作り方の違いをまとめどうしたら良い文が読めるか、書けるか記します。 人には理解しやすい文がある。 人の理解の仕方にはパターンがあります。それをいい形で刺激することで気持ちの良い理解をしてもらうことができます。 その気持ちの良い理解をしてもらうための文章例がエッセイや論文です。エッセイや論文には相手に理解してもらいたい主張があります。 ですから相手に自分の主張が理解されやすい文、相手の主張を理解に適した文こそ、説明文では良文といえると思います。それには理系や文系の違いはありません。 理解しやすい文を読むには作るには。 そうした理解に適した文と接するためには、既存の良文を読む必要があります。 既存の文が良文か否かを見極めるためには、とにかく文を多く読んで、それぞれの文の良さを見比べる必要があります。 多くの文を読み、それを見比べることによって「良さ」がわかり、その上で良い説明文を多く読むことによって、自分でもそれを真似して良い文を作ることができるようになるのだと思います。 説明文の意味 なお、 良い 説明文の多くは他人の解釈を批判的に継承 しています。 つまりかつて利用されてきた ①今まである理論(背景)を下敷きに、②これまでの仮定を批判(目的)して、③独自の考えを生み出す(方法と結果・結論) ということです。 そうした基本を持った上で... 続きを読む
察してほしい文化からの成長方法 12月 20, 2017 言わなくてもわかってくれ、察しろ、などといった言葉や気持ちがあります。こうした言葉や気持ちが交わされる文化はわびさびを味わう意味では素晴らしい文化だったのかもしれません。しかしそれが相手との関係を悪いものにしているものになっているのだとしたら問題です。そこでここでは察してほしい文化や言わなくてもわかってくれという文化について異様であることを示すと同時に、それを打開するためにはどうするか考えます。 察する文化はわびさびの文化 かつての日本はものがありませんでした。だからこそ、限られたものの深みを理解して味わうことができました。それが「わびさびの文化」です。古きよき文化ではそれが大事とされてきました。 しかし現代でもこの文化が残っていて、そして悪い方向に行き過ぎてしまう状況ですと、例えば認知症の老人が「なんでわかってくれないんだ」と家族を攻撃したり、職場の上司が「知っててあたりまえだろう」などと部下に対して攻撃したりしてしまいます。 こうしたことの起こる場合、あらかじめそうすることで意味があるならばもちろん良いのだと思います。しかし多くの場合は自己満足のための無意味なものです。そしてそうした無意味なことに付き合っている人は疲弊してしまいます。そうだとしたら問題です。これは解決する必要があります。そこでここではそうした問題の解決方法を書きます。 (例えば上記家族の問題ならばお互いが理解できず不満が発生します。すると表面上では取り繕っているものの、頭の中では何を考えているのかわからなくなり、事務的な会話はなされたりしますが家族の中で暖まる会話がありません。すると時に裏に下がったら文句を言うことがあります。) 察する文化は変な文化と認識 日本人は他国と比べて農耕民族と呼ばれています。が、これもその察する文化を推し進めることになった原因のひとつだと思われます。 農耕民族はある場所にとどまり限られた物資をお互いに協力して察しあい、ひとつの土地に長くいることで利益を得てきたという文化があります。そうした長く同じ地にいる、そうすることによって田畑を耕し毎年定期的な出来高が期待できるなどとした場合には、そうした察する文化を推し進めることで相手との協調が出来、どんどん農作物を作ることが出来ます。そして子孫を繁栄させてきたのだと思っています。... 続きを読む
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